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第319話 すひまるの日記

《モルノ町》――すひまるが拠点としていた小さな一軒家。

そこにぽつんと置かれた一冊の日記。

【どこからともなく吹き込んだ風が、そっとそのページをめくる】。




《すひまるの日記》


・人間は愚かです。私たち吸血鬼よりも弱いくせに。

・今日もリストにあった人間を探して……送りました。

・今日も……。

・今日は働きが認められて、《スコーピオル》にいる弟と魔通信で話せる許可をもらいました。弟はあちらで元気にしてるそうです。……他の吸血鬼に、いじめられてなければいいけど。

・お腹がすきました。ここでは食料は現地調達――リストの人間の血を、少しだけ。……美味しかったです。本当に。

・今日の人間は手強かったです。なんとか昏睡状態にしましたが、ダメージがひどくて……血を……。


 ………………


・今日は、久しぶりに日記を書いてます。

 私がフラフラしていると、知らない人間が声をかけてきました。

 最初は、すごく警戒しました。でもその人間は、口調は荒かったけど……弱ってる私を、ちゃんと介護してくれました。

 モルノスクールの一年生みたいです。

 学校――下級吸血鬼の私たちには縁のない場所。中級以上じゃないと入れません。

 どうせ、私たちはいずれ“魔物”になるんだからって。……でも、学校……行ってみたいな。


・あれから、人間にも“いい人”と“悪い人”がいることが、ちょっとずつわかってきました。

 だから最近は、なるべく“悪い人”で、リストに該当する相手だけを送るようにしています。


 ………………


・リストも、残りわずかになった頃――魔王様から、連絡がありました。

 どうやら、この町で微弱な『女神』の反応が確認されたそうです。

 魔王様は、小さな魔皮紙を私に渡してくれました。

 「これが赤く染まったら、それが『女神』だ」と……。


 私は、震える手でそれを持ち、町中を歩き回りました。

 でも、魔皮紙は赤くならなかった。

 ……少し、ほっとしてしまいました。


・残りのリストに該当する人間には、とっておきの場所がありました!

 なんと、【学校】です!

 明日は入学式……。

 ……楽しみ、です。


・…………………………

 こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい。

 ど、どうして。どうして『女神』がここに居るの?

 こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい。

 私は急いで、魔王様に連絡しました。

 ……応援を送ってくれるそうです。


 ………………………………………………


・今日は、本当に久しぶりに、日記を書いています。

 アオイさんは、変わらず私に話しかけてきてくれます。

 優しくて……明るくて……本当に、この人が“あの『女神』”なのでしょうか?


・今日はアオイさんが、クラス代表になりました。

 いつもみんなの中心に立つアオイさんなので納得でした。

 でも、まだ少しだけ……苦手です。

 それでも、アオイさんはいつも私に声をかけてくれるのです。


・アオイさんが。

 アオイさんは。

 アオイさんも。

 …………


・今日は……私は、大失敗をしました。

 《体育際》で転んでしまって、目立ってしまって、上司に怒られました。

 今、目立つわけにはいかないのに……。

 私達の正体がバレれば、計画そのものが崩れてしまいます。


 だけど……アオイさんが助けてくれました。


 アオイさんは、私達のことを何も知りません。

 だからきっと、筋違いで怒ったんだと思います。


 でも、あの時……

 「言いたかったら言う、動かないと後で後悔する」


 ……そんな、自分勝手な、わがままな台詞なのに。

 だけど私は、思いました。


 ――この人は、本当に【優しい人間】なんだ、と。


 アオイさんアオイさんアオイさんアオイさんアオイさんアオイさん。


・いよいよ、明日は計画の続行です。

 学校に設置された【転移魔法陣】を細工して、アオイさんを魔王城に転送します。

 そして、殺します。


 ……いやだ。


 いやだいやだいやだいやだいやだ。

 私の、初めての、友達が……殺されてしまう。


 どうして?

 どうしてこの人が『女神』なんですか?

 こんなに、優しいのに……


 許して許して許して許して――アオイさん。


 「動かないと後悔する」って、あなたはそう言ったけど……

 私は、ダメな吸血鬼です。動けません。


 許して許して許して許して許して許して許して許して許して

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい


 …………….



 これは、一人の下級吸血鬼の記録である。


 この吸血鬼は、【初めての友達】を得て、

 無力な自分自身を、心から恨んだ。


 だが――神は、彼女に選択肢を与えた。


 【生死の選択】を。




 そして、彼女は。

 アオイの姿が、目の前に見えていたにも関わらず。




 「わかりません」


 と、答えたのだ。



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