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第318話 真実のガラス玉

 《巨大都市スコーピオル中央城》


 「はぁぁっ!……のじゃ!?」


 「ククク……どうした? 何もない空間に向かって剣を振るとは」


 「ど、どういうことなのじゃ……こ、ここは!?」


 ルカが立っていたのは、もうボロアパートではなかった。

 最初に転移してきた、あの不気味な部屋——魔王アビの王室だった。


 王専用の玉座に腰掛けた細身の魔王アビは、片眼鏡越しにルカを見下ろして笑っている。


 「……他の奴らは、どこへ行ったのじゃ?」


 周囲に人影はない。部屋にいるのはルカとアビ、ふたりだけ。


 「少し貴様に聞きたいことがあってな。余計な雑音があると、会話に集中できんだろう? 紅茶はどうだ?」


 ルカの横には、いつの間にか白い机とイス、そして湯気の立つ紅茶のカップが用意されていた。


 「……魔眼、か」


 「ご名答。ほう、察していたか。やはり貴様、人間ではないな?」


 「どうじゃろうな」


 「とぼけるな」


 その言葉と同時に、アビは指先を弾き、小さなナイフをルカへと投げ放つ。

 殺意を込めた鋭い軌道——しかしルカは、一歩も動かずにそれをかわした。


 「この暗闇の中、魔法も使わずに今の攻撃を避けられる人間など存在しない。……いや、伝説の【勇者】ならば話は別か。まぁ、そんな存在が本当にこの世界にいるかどうか、怪しいところだがな」


 「ほーう? 確かに……お互いに話すことはありそうなのじゃ」


 ルカは臆することなく用意されたイスにドカッと腰を下ろし、目の前の紅茶を一気に飲み干す。


 「ほれ、ワシにおかわりを注いでくれんかのじゃ?」


 「よかろう」


 アビはその場から姿をかき消すように一瞬でルカの傍へ現れ、優雅な所作でティーポットを持ち上げる。そして魔力を込めながら紅茶を注いだ。


 「いちいち魔眼など使わずとも良いのではないかの?」


 「俺は慎重なんでな。敵が目の前にいるのに、出し惜しみはしない主義だ」


 「貴様の魔眼に対処できぬ限り、ワシに勝ち目はない……ということじゃな」


 アビも静かにルカの正面へ腰を下ろし、自身のカップを持ち上げる。


 「さて……俺の予想では、お互いに知らぬことが多すぎる。だがな、俺が拷問しても貴様は口を割らぬだろう。そこでだ、ひとつ提案がある」


 アビはそう言うと、机の上に小さなガラス玉を「コトッ」と置いた。


 「これはなんなのじゃ?」


 「これは【フォーセルド】という魔道具だ。魔力を流しながら発言し、もしその内容が嘘ならば——この玉は赤く光る」


 「なるほど、なのじゃ」


 「お互い、この【フォーセルド】を用いて情報を交換しようではないか。損はないはずだ」


 「ふむ……良いじゃろう。では、どちらから訊ねるのじゃ?」


 ルカは再び紅茶を一気に飲み干すと、カップを机に「カタン」と置き、迷いなくガラス玉に手を添えた。顔色ひとつ変えず、堂々とした態度だ。


 「俺から提案したのだ。何でも訊いてみるがいい」


 アビもまた、ゆっくりと手を伸ばし、ガラス玉に触れる。


 「では此方からの質問なのじゃ。なぜ貴様は『女神』を殺そうとするのじゃ?」


 「知れたことを。『女神』はこの世界にとって絶対の悪……だから殺す。排除する」


 ルカはチラリとガラス玉を見やる。玉は赤く光ることなく、静かに淡く光を灯していた。


 「なるほど……聞き方が曖昧だと逃げ道を与えてしまうのじゃな」


 ルカが小さく呟くと、アビは微笑を浮かべた。


 「では次は俺の番だ。――貴様の“本当の姿”は何者だ?」


 「人間なのじゃ」


 ルカがそう答えると、ガラス玉がピクリと脈打ち、赤い光を放った。


 「……嘘をついているな」


 「お互いに確認をしてなかったのじゃ、この魔道具が本物なのかもかねて、なのじゃ」


 アビは満足げに頷き、ふっと小さく笑った。


 「フフ……安心しろ。【フォーセルド】は本物だ。ちゃんと俺にも反応する。見せてやろう」


 そう言って、アビは堂々と告げる。


 「俺は下級吸血鬼である」


 次の瞬間、ガラス玉が同じように赤く光った。


 「……」


 ルカの視線がわずかに鋭くなる。


 「確認は済んだようだな?では、次はこちらの番じゃ」


 ルカは静かに告げる。


 「……ワシは【クリスタルドラゴン』なのじゃ」


 「な……!?」


 アビの瞳が見開かれる。急いで視線をガラス玉に移すが――光はない。


 静かに、確実に、【真実】を告げている証拠だった。


 「……なるほど。『女神』が傍に居たとするなら合点がいく。我らのことも把握し、あの人間離れした力……それも説明がつく。だが――なぜそんな姿に?」


 「それは質問なのじゃ?次はこちらの番なのじゃ」


 「……ちっ」


 アビは不満げに舌打ちをして、次の問いを待つ。


 「う〜む、では尋ねるのじゃ。お主の【魔眼】の能力とは、なんなのじゃ?」


 アビは鼻で笑いながら答える。


 「我が【魔眼スコーピオ】の能力は――【時を止める】。対象は“個”でも“全”でも構わん。この世界そのものをも凍らせる」


 「……なるほど、嘘ではないようじゃな。良いのか?そんな大切な能力をワシに教えてしまって」


 「フン。我が能力を知ったところで、攻略など不可能だ。せいぜい、冥土の土産にでもするがいい……太古のドラゴンよ」


 「調子に乗るでない、膨らんだだけの風船が“人間ごっこ”をしおって……」


 「それはお互い様だろう?その体で偉そうに……何様のつもりだ?」


 ふたりの間に静かな火花が散る。


 「では――そろそろ本題だ。『女神』の居場所を教えろ。どこに隠した?」


 アビが問い詰めると、ルカは口元をつり上げ、挑発するように言った。


 「知らない、なのじゃ」


 「……!?」


 ガラス玉は、まったく反応しなかった。


 嘘ではない――つまり、真実。


 ルカは“あの時”、アビに時間を止められていた。気づけばこの部屋に転移させられていたのだ。

 つまり――【今、アオイがどこにいるかなど知らない】。


 「ちっ……」


 アビの表情が一瞬だけ歪む。

 予想が外れた――【スコーピオ】で時間を止めた際、すひまるの部屋に『女神』が居なかった。

 ならば、どこかに隠していると読んでいたのだ。だが、それはハズレだった。


 「残念じゃったのぅ。では――次の質問じゃ。【勇者】は恐いか?なのじゃ」


 突如として飛び出した質問に、アビは一瞬眉をひそめる。

 なぜ今、その話を……?


 しかし、問いには正直に答えるしかない。


 「恐い」


 ガラス玉は――反応しない。

 嘘ではない。


 「ほう、そうかそうか、恐いのか。なのじゃ♪」


 ルカが笑みを浮かべる。

 その姿に、アビの目が細くなる。


 「何がおかしい?」


 「別に。ただ、魔王が恐れるものとは……興味深いのじゃ」


 「フン……古来より我ら魔王にとって【勇者】とは天敵。

 その圧倒的力の前には、魔王とて部下を率いて、全身全霊、全力を尽くして挑むしかない。

 だが、それすらも凌駕すると言われるのが――【勇者】という存在だ。

 恐くないわけがない……だが、それは大昔の話だ」


 アビは一息つき、冷たく言い放った。


 「今の時代に【勇者】など……存在しない」


 「本当に、そう思うのじゃ?」


 「何を言って……?」


 その時だった。


 《巨大都市スコーピオル》――明かりのない、深い闇に包まれた都市。


 その天蓋を突き破るように。


 存在するはずのない【太陽】が、空に現れた。


 「な、なんだこの光は!? こんなもの、どこから……!」


 アビが立ち上がり、ルカの背後――壊された壁の向こうから差し込む光を睨みつける。

 眩いばかりの輝きが、室内を白く染める。


 「間に合ったみたいなのじゃ」


 ルカは椅子から腰を上げず、淡々と告げた。


 「貴様……何をした!」


 アビの声には焦りがにじむ。

 だが、ルカはゆっくりと手元のガラス玉を掲げて――


 「゛ワシ゛は、何もしていないのじゃ」


 ガラス玉は――光らない。

 それが“真実”である証。


 アビがそれを目で確認した瞬間、ルカはにやりと笑って――


 そのガラス玉を、軽く壁に向かって投げつける。


 ――パリンッ!


 高く澄んだ破砕音とともに、真実の器が砕け散った。


 「さて……では、紅茶のおかわりを貰おうか、なのじゃ♪」


 ルカはゆっくりと自らティーポットを持ち、紅茶を注ぐ。

 一口。

 そして、音もなくコップを置く。



















 「さぁ――【魔王】対【勇者】の開戦なのじゃ」


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