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第321話 【久しぶりの女神ちゃんだよ♪』

 「どうなっている!」


 吸血鬼の魔王【アビ】は通信魔皮紙を睨みつけながら怒声をぶつける。


 {も、申し訳ございません!我が都市の軍隊すべてを送りましたが、【謎の糸』に拘束され動けなくなっております!}


 「糸くらい、切り裂け!」


 {現在、あらゆる方法で切断を試みておりますが……}


 「もういい!」


 苛立ちに任せ、アビは通信魔皮紙を切り捨てた。

 こんなはずではなかった。相手はたった一人——いくら『女神』とはいえ、数万の兵を相手にできるはずがないと踏んでいた。


 「そう怒るな、なのじゃ」


 「……あぁ?」


 「今ここへ来ているのは、お主が探していた『女神』じゃぞ?」


 「…………」


 アビはルカへ無言で近づく。


 「ほぅ、またワシと語らうつもりかのじゃ?」


 「……」


 「なら、次は酒を持ってくるのじゃ。あんなガラス玉では腹を割って語れまい、のじゃ」


 ルカは椅子を傾け、カップの取っ手をくるくると回しながら軽やかに言う。


 「それにワシを——」


 「貴様は黙っていろ!」


 アビは苛立ちをぶつけるようにルカの時間を停止させる。そして冷ややかに呟いた。


 「ククク……そうか。何を焦れている……こいつは最初から“人質”だった。なら——利用するだけだ」


 その瞬間だった。


 アビの背後から、決して大きくはない。だが、透き通るような美しい声が、部屋の空気を震わせた——。


 「天下の魔王様がそんな男らしくない事をするんじゃねぇよ」


 「!?」


 アビが振り向くと、そこには耳と尻尾を生やした金髪の、眩いほどに綺麗な美少女が立っていた。大きな胸を少し押し潰すように腕を組み、仁王立ちで見下ろしている。


 「初めまして、魔王様……いや、あの時押し入れに隠れてたから、実際は“初めて”じゃないけどな?」


 「『女神』!? いつからそこに!」


 「さっき来たんだ」


 アビは即座に魔眼を発動させ、【世界の時】を停止する。


 「……」


 「フ、フフ……ハハハハハハ! 何を俺はさっきから焦っていた? これでいい。これで、すべて終わる」


 アビは高らかに笑う。勝利を確信していた。


 ——当然だ。どれほど筋力を鍛えようが、どれほど強力な魔法を修めようが、どれほど伝説級の武具を携えようが、


 【時間が止まっているなら関係ない】


 だが、それはあくまで——


 【同じ次元に居る奴】にしか通用しない理屈だ。


 【笑い方きっしょーい♪』


 「な、なに!?」


 異様なほど透き通ったその声が、止まった時の中で響いた。


 アビが振り返ると、アオイはまるで、これから“お楽しみ”の時間だと言わんばかりの、無邪気で冷酷な笑みを浮かべていた。


 その瞳孔には、淡いピンク色の【ハートの紋章】が妖しく、楽しげに揺れている。


 【なぜ動ける?キャハッ、さっきから言ってるじゃない、女神でもある私よ?……同じ次元に居ると思ってる時点であなたのまーけ♪』


 「くっ!」


 【でも、いい魔眼ねぇ。同じ次元に居る【糸】は、これで封じられてるから出せない見た~い。えーん♪』


 「くそがぁぁあ!」


 この世界の『悪』が、いままさに目の前に現れている――

 しかもその『悪』の余裕の表情は、ハッタリなどではない。アビはそれを理解していた。


 「……フンッ!」


 アビは吠えるように魔力を解放する!

 全身から黒い瘴気を噴き上げ、背中からは猛毒の尻尾が六本、そして異形のコウモリの翼が四枚展開された。

 その口からは牙が生え揃い、顔面すら歪むような【オルビアル化】が完了する。


 【きも……あなたの相手してあげても良いけど、今回は私の出番はこれだけよ~♪』


 そう言って【女神アオイ】はチュッとウィンクし、投げキッスをかます。

 それは、すでに聞こえていない相手に向けたメッセージだった。













 【私に見せて……【勇者】として覚醒したあなたの力を♪』

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