《モルノ町》《とある家》
「……ん……」
その家の一室で、彼女は静かに目を覚ました。
「ここは……モルノ町の……私の拠点……!?」
すひまるは弾かれるように上体を起こし、記憶を探るように自分の足元に視線を落とす。
「あ、ある……」
そこにあったのは、かつて斬られたはずの足。だがそれは、吸血鬼のそれではなく、温かく、血の通った“人間の足”だった。
驚きに固まったままの彼女の耳に──
「うーん……」
小さな寝返りと、かすれた声。
「!?」
隣に居たのは、小さな人間の男の子だった。
そして、その子がまどろみから目を覚まし──
「おねーちゃん?」
聞きなれた声、そして聞きなれた呼びかけ。
「せ、セミマル?」
「おねーちゃん!……おねーちゃん!!」
セミマルは目を潤ませながら、すひまるの胸に飛び込む。
「セミマル!セミマルゥ……!」
すひまるも涙をこぼしながら、しっかりとセミマルを抱きしめ返す。
二人とも、あの“最期の日”の記憶をはっきりと覚えていた。
「おねーちゃん、僕たち、死んだのかな?」
「……死んだ、はず……なんだけど……」
すひまるはゆっくりと立ち上がり、窓の外を見やる。
そこには、いつも通りの町並みがあった。
商店街を歩く人々の姿、朝の陽ざし、笑い声、騒音──
まるで何事もなかったかのような“日常”がそこにあった。
「死んで……ないかも」
あの世というものがどういう場所かはわからない。
けれど、この穏やかで懐かしい光景を前にして、すひまるは小さく微笑んだ。
「ぼ、ぼく。人間になってる」
セミマルが自分の身体を見下ろし、両手を開いて、満面の笑みを浮かべる。
「おねーちゃん!見て!ぼく、立てるよ! 手でものを持てるよ!」
その目が、まっすぐにすひまるを見る。
「──おねーちゃんを……抱きしめられたよ……」
ぽろぽろと、またセミマルの目から涙がこぼれる。
それは夢が叶った、純粋な“嬉し涙”。
すひまるは優しく、ゆっくりと彼を抱き寄せた。
「……うん、ありがとね。セミマル」
そして、その小さな頭を撫でながら、すひまるの目にも光るものが滲んでいた。
──ふと、机の上に目をやると。
あの日、書き残したはずの“日記”は、もうどこにもなかった。
【彼女達の“人間としての生”は、これから始まるのだ】