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第325話 まだ仕事が山盛りめんどくせぇ

 【バットドラゴン】


 体長三メートルのコウモリの羽を持つ、牙を持たない異形のドラゴン。獲物は噛み砕くことなく丸呑みする。

 その正体は──中級吸血鬼の成れの果て。

 魔物でありながら魔力を宿し、魔法による遠距離攻撃に加えて、鋭利な爪で獲物を切り裂き、殺してから咀嚼もせずに飲み込むという極めて危険な存在。


 場所は《スコーピオル》魔王城内の【死骸置場】。


 血を抜かれ死に至った人間、年老いて“味”が落ちた者たち──使い物にならなくなった【食料】達が、道具のように無造作に打ち捨てられている場所だった。


 空気は腐臭に満ち、じめじめとした暗黒の密室。鼻を衝く悪臭と死の気配に満ちたこの場所に、一人の女がゆっくりと扉を押し開ける。


 「まったく……世話の焼ける奴さね、こんな所まで呼び出してきて」


 長い黒髪が揺れ、ざくり、ぐしゃりと足元で肉の潰れる音がする。転がる眼球、内臓、手足を無造作に踏み越えて進むその姿を、天井にぶら下がった【バットドラゴン】達が獲物を狙うように見下ろしていた。


 「さて、と……ひぃ、ふぅ、みぃ……ザッと二十体ってとこさね。ほれ、エサはここにあるさね。襲ってくるといいさね?」


 その挑発を合図に、天井から一斉に魔物たちが彼女へと飛びかかった。


 「【ベルゼグリード】」


 淡々と告げたその言葉と共に、空間に黒い魔法陣が咲く。

 次の瞬間、【バットドラゴン】達の皮膚はただれ、眼球は溶け落ち、爪は粉砕されて腐肉と化し、悲鳴すら上げる間もなく崩れていった。


 「……こんなもん、私に【専用魔法】としてつけるなんて、【神】もずいぶん皮肉な奴さね……」


 足元に転がった腐肉の山、その中で一際大きな【バットドラゴン】の腹部を容赦なく蹴りつける。


 「ほれ、迎えに来たさね。さっさと起きるさね」


 ぐちゃり。


 膨れあがった腐った腹の皮膚が裂け、中からぬらりと這い出てくる裸の男。


 「はぁ……もう魔物の腹の中なんて経験したくない……めんどくせぇ……」


 男──【ルコサ】が呻きながら手をつくと、投げられた白い神父服を受け取り、黙って袖を通す。


 「おうおう、どうだったさね? 子宮に戻った気持ちになったさね? ルコサ」


 「うるさいぞー……ルダ」


 「はん、【神】に感謝するさね。神の加護が無ければそのまま消化されて死んでたさね」


 「……こんな事が続くようなら、【神】の仕事なんざ生きてても死んでるようなもんだよなぁ……めんどくせぇ……」


 「……ついに、アイツが目を覚ましたぞ」


 「……あーぁ……まためんどくさいことになったなぁ……」


 のびをしながら大きな欠伸を漏らす【ルコサ】。そのまま腐肉と死臭の充満する死骸置場を後にし、次の“仕事”へ向かっていった──。

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