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第342話 仮面の獣人 アオイ

  《二突 ギルド》


 中では、獣人たちの冒険者が集まり、次の依頼や遠征の予定について活発に話し合っていた。


 そこへ――噂の“仮面の女獣人”が入ってくる。


 一瞬、ギルド内の空気が張り詰めた。


 誰もがその姿を見て、言葉を止める。しかしすぐに元の会話に戻るものの……全員、どこかでその女をチラチラと視線で追っていた。


 「……」


 金髪で、仮面をつけた女獣人は無言のまま、壁に貼られた依頼掲示板を見渡す。


 いくつかの紙に目を通し、ひとつを手に取ると、迷いなくカウンターへと向かった。


 「お願いします」


 その声は小さくとも、まるで鈴の音のように澄んでいた。

 囁くような一言に、ギルド中がふと耳を奪われる。


 仮面の奥から響いたその声は、美しすぎて――まるで魔法のように、心に残った。


 「ギルドカードを拝見します」


 「はい」


 仮面をつけた獣人の少女は柔らかい声でそう答え、カードを差し出した。

 ギルド員は受け取ったカードを手元の魔道具に通し、その情報を確認する。


 「……はい、確認しました。“アオイ”さんですね? こちらの番号の机へどうぞ」


 「ありがとうございます」


 アオイはぺこりと丁寧に頭を下げ、魔皮紙に記された番号を確認すると、仮面越しにギルドの内装を一瞥しながら、落ち着いた足取りで指定された机へ向かう。


 「よろしくお願いします」


 到着した席で、彼女は三人の獣人に向けて可愛らしい声でお辞儀をした。


 「トラララ! よっしゃー!」


 「ウッシ! 今回は正直、難しめの依頼選んだからどうかと思ったけど……アンタが来てくれるなら大丈夫だ!」


 「これで、ついに……プラチナに昇格できるっチュ!」


 そこにいたのは、トラとウシとネズミの男獣人たち――獣人トリオのパーティーだ。


 「い、いやいや、僕はそんなに対したこと出来ないですよ」


 アオイはちょっと照れくさそうに、手をひらひらと振った。


 「トラララ!あんたの噂は聞いてるトラ! なんでもアヤカシを倒せないんだろ? そこら辺はまかせておけトラ!」


 「は、はい、お任せします」


 アオイはその勢いに少し戸惑いながらも、うなずく。


 「チュチュ!まぁ座って座って♪」


 手招きし、空いている席を指差されたので、アオイは素直にその席に腰をおろす。


 「チュチュ、改めて自己紹介するっチュ。このパーティーのリーダー、《チュー太郎》ッチュ! よろしくっチュ♪」


 「よろしくお願いします」


 「俺は前衛担当、《トラ五郎》だ。よろしくな!」


 「はい、よろしくお願いします」


 「そして俺は中距離から魔法を撃つ、《ウシ沢》ウッシ!」


 「よろしくお願いします」


 3人の勢いに押されつつ、アオイは仮面越しに微笑む。

 ――(す、すごい名前のセンスだな……)

 内心そう思いながらも、丁寧にお辞儀して自己紹介する。


 「僕の名前はアオイです。主に荷物運びやお料理とか……そっちの方が得意かも、です」


 「いいチュいいチュ~! よろしくっチュ!」


 「そこら辺も噂で聞いてるウッシ! メシが旨いってな!」


 「そんな、噂ほどじゃないです……」


 「まぁまぁ! 今回の依頼は《モロシイタケ》の採取っチュ!」


 「《モロシイタケ》! 美味しいですよね。お鍋に入れて、お肉といっしょに……あ、すみません、つい……」


 「いいってことッチュ♪ いっぱい採れたら、楽しみにしてるッチュよ~」


 「はいっ、任せてください!」


 「そういえば、食べるときってその仮面、どうするウッシ?」


 「……あぁ、これは少し特殊な魔法で作られていて、こんなふうに――」


 アオイは仮面の頬に指を滑らせる。

 すると仮面がふわりと形を変え、口元だけが露わになった。


 「……これで、食べられるようになります」


 現れたのは、ふっくら柔らかなピンクの唇。

 仮面で普段隠されているからこそ、その一瞬の“素”が際立つ。


 ――ゴクリ。


 思わず喉を鳴らしたのは、目の前の男たちだった。


 「そ、そうなのか……ウッシ! じゃあ、とりあえず準備するウッシ!」


 アオイはそっと仮面に触れ、口元を再び覆う。

 仮面は滑らかに元の形へと戻っていった。


 「わかりました! ちなみに、いつ出発ですか?」


 「そうッチュね……二時間後に、もう一度ここに集合するッチュ!それから近くの《沼地》に、馬車で向かう予定ッチュよ!」


 「了解しました!」


 アオイは軽く頭を下げると、席を立ち、ひと足早くギルドを後にした。


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