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第389話 全力!

 「て……天秤天秤天秤天秤!!」


 子供に勉強勉強って言いたくないですよね……って、ふざけてる場合じゃないっ!


 ようやく、無限ループ地獄の直線迷路を抜けた先に待っていたのは――

 魔法の松明で明るく照らされた、広くて静かな部屋。


 そして、そのほとんどを圧倒的な存在感で埋め尽くしている――

 黄金の巨大な天秤。


「つ、通信は……!」


 急いで通信用の魔皮紙に魔力を流し込む。けど――


 ……反応、なし。


「……ダメか」


 誰の気配もしない。音も、風も、揺れもない。

 聞こえるのは、俺の声と鼓動だけ。


 「とにかく、誰かに知らせて……この天秤、壊さなきゃ」


 振り返って、来た道を確かめる。

 そこにあったはずの“真っ暗な通路”は、もうない。


 代わりに、松明で照らされた一本道。

 その奥――青く光るクリスタルが道を塞いでいるのが見えた。


 外に出たところで俺には、あの“竜巻”を止めるすべもない。


「…………うーーん、やるしかないか」


 この状況……いや、なんかもう、直感で分かる。

 俺がこれを壊せって、言われてる気がする。


「そうだよね! みんなのお荷物なんて思われたくないし……ちょうど、良き!」


 ――よし。やってやろうじゃんか!!


 俺はその場で天秤に向かって構え、集中する。


 目を閉じて、身体の中の魔力の流れを読み取る。

 その流れを拳に集中させて、深く、息を吸って――


 「はぁぁぁッ! 【地割れ】ぇええええぇぇ!!」


 ――*ドゴオオオオオオン!!!*


 静寂のピラミッドに、轟音が反響する。

 天秤の下に砂ぼこりが舞い上がり、視界がかすむ。


 ……沈黙。


 手応えは――ない。


 天秤は、ピクリともせず、そこに立っていた。


 「………………うそでしょ。今、本気でいったんだけど?」


 この【地割れ】、外で本気出した時なんか――

 大岩どころか、地面ごとブチ抜いて、崖の半分を吹っ飛ばしたんだぞ!?


 ※ちなみにそのとき、

 「アニメみたいなのが現実になったぁ! やっべぇぇ!!」

 って調子に乗って岩壊しまくった結果――


 → アバレーのギルドから「未知の大型危険モンスター発生の可能性」とか通報されて、

 → しばらくそのエリア、立ち入り禁止になったとかいう事件があった。

 ……まぁ、それは置いといて!


 「……え、なに、嘘でしょ。全ッ然、びくともしないじゃん……!」


 ――でも、待てよ。


 「そ、そうだ……あの細いとこなら!」


 天秤の支柱。

 上の方にいくほど、くびれたように細くなっている。


 ――あそこなら……ポッキリ、いけるんじゃない!?


 「よ、よし……!」


 もう一度、助走の距離をとって、構える。

 そして――


 「はぁぁぁっ!! 【空歩】! 【地割れ】ッ!!」


 空中を、三歩――軽やかに、猫のようにステップ!

 そしてその勢いのまま、渾身の拳を“くびれ”に――!!


 「全然ダメだぁぁああああ!!」


 ズシャァァン!!


 空中で回転しながら着地し、天秤の支柱を見上げる。

 ――傷、ゼロ。かすり傷すら、入ってない。


 「……うーーーーーむ、どうしよ」


 その場にストンと座り込み、あぐらをかく。

 え? 女の子なのに行儀悪いって?

 いや、俺の体は女だけど、中身は男だからね!許して!


 「慌てない慌てない、一休み一休みって言うけど、

 正直、慌てないとやばいんですけどーっ!?」


 たぶん――今こうして天秤に“ちょっかい”かけられてるのは、

 外で何かが起きて、敵の注意がこっちに向いてないからだ。


 じゃなきゃ、こんな大事なモノ、敵に触らせるわけがない。

 俺が敵なら、ここ死ぬほどガチガチに見張るしね。


 「よし……【武器召喚】! これを壊したいんだけど、どうすれば?」


 俺は再び、【糸】を出して糸口を探そうとする――が。


 「あれ?」


 ……反応しない。

 さっきみたいに、“導いて”はくれない。


 「どういうこと? さっきは、あんなに動いてくれたのに……」


 【目撃縛】みたいに、条件が揃わないと使えないのか?

 それとも、ゲームみたいに“リキャストタイム”があるのか……。


 一応、頭で指示すれば動くけど――

 あの時みたいに、“勝手に動いてくれる”感覚は、ない。


 つまり、これは――


 「なるほど。

 【糸】に頼らずとも、なんとかなるってことだね! 了解!」


 ポジティブにいこう、ポジティブに!

 つまりこれは――俺に“もっと頑張れ”っていう、メッセージだ。


 「やってやるよ!

  《君が泣くまで殴るのをやめない作戦》、発動だ!!」


 魔皮紙関連は、すべて試した。

 でも、この空間では、何ひとつ反応しなかった。


 ――なら。


 今、俺が頼れるのは……己の拳だけ。


 「やってやるよ……!」


 拳を握りしめて、振りかぶる。


 「……みんな、待っててね」


 ――俺は、それから。


 何度も。

 何度も。

 何度でも。


 この拳で、天秤を――叩き続けた。

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