「て……天秤天秤天秤天秤!!」
子供に勉強勉強って言いたくないですよね……って、ふざけてる場合じゃないっ!
ようやく、無限ループ地獄の直線迷路を抜けた先に待っていたのは――
魔法の松明で明るく照らされた、広くて静かな部屋。
そして、そのほとんどを圧倒的な存在感で埋め尽くしている――
黄金の巨大な天秤。
「つ、通信は……!」
急いで通信用の魔皮紙に魔力を流し込む。けど――
……反応、なし。
「……ダメか」
誰の気配もしない。音も、風も、揺れもない。
聞こえるのは、俺の声と鼓動だけ。
「とにかく、誰かに知らせて……この天秤、壊さなきゃ」
振り返って、来た道を確かめる。
そこにあったはずの“真っ暗な通路”は、もうない。
代わりに、松明で照らされた一本道。
その奥――青く光るクリスタルが道を塞いでいるのが見えた。
外に出たところで俺には、あの“竜巻”を止めるすべもない。
「…………うーーん、やるしかないか」
この状況……いや、なんかもう、直感で分かる。
俺がこれを壊せって、言われてる気がする。
「そうだよね! みんなのお荷物なんて思われたくないし……ちょうど、良き!」
――よし。やってやろうじゃんか!!
俺はその場で天秤に向かって構え、集中する。
目を閉じて、身体の中の魔力の流れを読み取る。
その流れを拳に集中させて、深く、息を吸って――
「はぁぁぁッ! 【地割れ】ぇええええぇぇ!!」
――*ドゴオオオオオオン!!!*
静寂のピラミッドに、轟音が反響する。
天秤の下に砂ぼこりが舞い上がり、視界がかすむ。
……沈黙。
手応えは――ない。
天秤は、ピクリともせず、そこに立っていた。
「………………うそでしょ。今、本気でいったんだけど?」
この【地割れ】、外で本気出した時なんか――
大岩どころか、地面ごとブチ抜いて、崖の半分を吹っ飛ばしたんだぞ!?
※ちなみにそのとき、
「アニメみたいなのが現実になったぁ! やっべぇぇ!!」
って調子に乗って岩壊しまくった結果――
→ アバレーのギルドから「未知の大型危険モンスター発生の可能性」とか通報されて、
→ しばらくそのエリア、立ち入り禁止になったとかいう事件があった。
……まぁ、それは置いといて!
「……え、なに、嘘でしょ。全ッ然、びくともしないじゃん……!」
――でも、待てよ。
「そ、そうだ……あの細いとこなら!」
天秤の支柱。
上の方にいくほど、くびれたように細くなっている。
――あそこなら……ポッキリ、いけるんじゃない!?
「よ、よし……!」
もう一度、助走の距離をとって、構える。
そして――
「はぁぁぁっ!! 【空歩】! 【地割れ】ッ!!」
空中を、三歩――軽やかに、猫のようにステップ!
そしてその勢いのまま、渾身の拳を“くびれ”に――!!
「全然ダメだぁぁああああ!!」
ズシャァァン!!
空中で回転しながら着地し、天秤の支柱を見上げる。
――傷、ゼロ。かすり傷すら、入ってない。
「……うーーーーーむ、どうしよ」
その場にストンと座り込み、あぐらをかく。
え? 女の子なのに行儀悪いって?
いや、俺の体は女だけど、中身は男だからね!許して!
「慌てない慌てない、一休み一休みって言うけど、
正直、慌てないとやばいんですけどーっ!?」
たぶん――今こうして天秤に“ちょっかい”かけられてるのは、
外で何かが起きて、敵の注意がこっちに向いてないからだ。
じゃなきゃ、こんな大事なモノ、敵に触らせるわけがない。
俺が敵なら、ここ死ぬほどガチガチに見張るしね。
「よし……【武器召喚】! これを壊したいんだけど、どうすれば?」
俺は再び、【糸】を出して糸口を探そうとする――が。
「あれ?」
……反応しない。
さっきみたいに、“導いて”はくれない。
「どういうこと? さっきは、あんなに動いてくれたのに……」
【目撃縛】みたいに、条件が揃わないと使えないのか?
それとも、ゲームみたいに“リキャストタイム”があるのか……。
一応、頭で指示すれば動くけど――
あの時みたいに、“勝手に動いてくれる”感覚は、ない。
つまり、これは――
「なるほど。
【糸】に頼らずとも、なんとかなるってことだね! 了解!」
ポジティブにいこう、ポジティブに!
つまりこれは――俺に“もっと頑張れ”っていう、メッセージだ。
「やってやるよ!
《君が泣くまで殴るのをやめない作戦》、発動だ!!」
魔皮紙関連は、すべて試した。
でも、この空間では、何ひとつ反応しなかった。
――なら。
今、俺が頼れるのは……己の拳だけ。
「やってやるよ……!」
拳を握りしめて、振りかぶる。
「……みんな、待っててね」
――俺は、それから。
何度も。
何度も。
何度でも。
この拳で、天秤を――叩き続けた。