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第388話 あの時とは違う

 「ぐわぁぁあ!? 入口も無くなってるぅ!?」


 ずーーーーーーーーーっと真っ直ぐなトンネルを歩いてたんだよ!?

 でも終わりが見えないから、引き返してみたんだけど……。


 「戻っても、また真っ直ぐぅ!? なんでぇぇえ!? これ出口に帰れない系じゃん!」


 僕、ほんとに真っ直ぐにしか歩いてないよ!?

 なのに、どこまで行っても真っ直ぐ……なんかこう、軽くホラー入ってるんですけど!


 ……ていうか、物理的にそれおかしくね?

 でも、ここ異世界だし。そもそも“物理的”とか通じないのか……。


 うーん……じゃあこれは……えーと、“魔法的に理不尽”ってことで――


 「命名っ!《まほりてき》ってことでどう!? ……いやもうマジで笑えないんだけど!」


 「って、んなこと考えてる場合じゃない!! そ、そうだ、こういうときのために――」


 俺は慌てて裏胸ポケットから、通信用の魔皮紙を引っ張り出した。

 頭の中では猫型ロボタヌキが道具出すときの例のBGMが脳内再生されてる。ぱっぱらぱーん♪


 「本来は“魔王を見つけたときに使え”って言われてたけど、危険なときにも使っていいって話だったし……今がそのときだよね!? いざっ!!」


 ちなみにこの魔皮紙、一般流通なんかしてない。まだ魔法軍の実戦テスト中の最新型!

 ……やっぱどこの世界でも、最先端技術は軍用からなのねーとか思いつつ――


 「わぁ〜……なんか、ガラケーからスマホになったとき並みのワクワク感あるわぁ……って、あれ?」


 ……おや?


 「反応しない!? えっ、なんで!?!?」


 冷や汗だらだら。魔皮紙をひらひら振ってみたり、シワを伸ばしてみたり。

 何度も魔力を通す。でも――


 「いや通ってるはずなのに!? ねぇ、なんで!? こーゆーときに限って壊れてるとか、ホントやめてぇぇぇ!!」


 「てか! これ反応しなかったら、ほんとに万事休すなんだけどぉ!?」


 も、も、も、もちつけ俺!

 ……胸はもちみたいについてるけど! 俺は男! ……じゃなくて!!


 「ふぅ…………よし。状況の整理だ」


 ──1、入口も出口もない、真っ直ぐな道に閉じ込められてる。

 ──2、通信用魔皮紙が使えず、外部と連絡が取れない。

 ──3、外では、みんなが戦ってる。


「……よ、よし。外にみんないるなら……きっと助けに来てくれる……はず」


 …………なのに、なんだろう。この気持ち。

 情けないというか、恥ずかしいというか……。


 本音を言えば、ここまで来て“お荷物”にはなりたくない。


「……それに、この状況……山亀の中にいたときのこと、思い出す……」


 ──あのときは、数日……いや、一週間くらいだったか。

 山亀の背にできた洞窟の中。飲み水も食料もなくて、

 服に染み込ませた天井からの雨水を絞って飲み、

 生えていた黒いバラの花びらを、渋い顔で口に運んで……。


 ギリギリで、ほんとにギリギリで、生き延びて。

 そして、やっと……助けてもらった。


 「あの時は、本気で餓死するかと思ったっけ……。

  でも、あのときと違って、ここには水も花もない……あるのは、石と砂だけ」


 そして、もし……外の人たちが、全員やられてしまったら?

 俺はこのまま、ここでどうなる?

 たぶん――これは罠だ。

 侵入者を閉じ込めて、餓死させるための。


 「つまり……これって、もしかしなくてもここで人生エンド?」


 いやいやいや! だめだだめだ!

 負けたときのことなんて考えてどうする!


 「男ってのは、負けた時のことは考えないもんなの! ……身体は女だけど!!」


 そうだ。

 俺はあのときとは違う。

 あのときより、ずっと強くなった!


 「状況は同じでも……僕は違う! 精一杯やってやる! 【武器召喚』!」


 空中に魔法陣が展開し、一本の【糸』がすうっと引き出される。


 「……この状況を、変えたい。どうすればいい……?」


 いつもなら、俺の思考に合わせて糸が動く。

 けど今は――わからない。何をどうすればいいか、全く浮かばない。


 だから、ダメ元で――声に出して、頼んでみる。


 「……やっぱり!」



 糸は、スルリと動いて――空中に“矢印”を描いた。

 まるで、俺に「こっちだよ」と道を示すように。


 「……わかった。そっちだね」


 俺は静かに頷き、糸の示す方向に――ゆっくりと、後ろを振り返る。


 「……後ろ?」


 一歩、二歩。

 歩き出すたびに、糸は壁際へと向かっていき――最後には、ある一箇所をピタリと示し、そのまま矢印の形で壁の中へと消えていった。


 「この壁……何か、ある?」


 恐る恐る、手を当ててみる。

 すると――


 「お?」


 手のひらから、微かに魔力を吸われる感覚があった。

 例えるなら、掃除機のホースの先に指を突っ込んだときの、軽い“すいっ”てやつ。


 「……ってことは、もしかして……」


 俺は、その壁に掌を当てたまま――意識を集中し、魔力を流し込む!


 じわじわと。

 空間が、歪み始めた。


 「……よし! じゃあ――全力だ!!」


 身体の中を巡る魔力を操作して、両手の先に一気に集中させる。


 目の前の空間が激しく揺らぎ、視界がぐにゃぐにゃに歪んでくる。

 見てると酔いそうだから、俺は目をギュッと閉じて、さらに魔力を流し込む。


 ――限界まで、流す!!


 その瞬間。


 *バァン!!*


 大きなガラスが砕けるような音が、辺りに響いた。

 そして――


 「っ……!」


 手の感触から、“壁が消えた”のが、分かった。


 「や、やった……っ……え?」


 目をゆっくり開ける。

 変わっていた。空気も、雰囲気も、匂いも……全部が。


 そして――その視界に飛び込んできたのは。


 「……こ、これが……天秤……」


 見上げるほどの巨大な天秤が、目の前に鎮座していた。

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