メイトは苦悶の声を上げながら体勢を崩し、私たちから距離を取る。
「ッグ……ガ……っ」
傷は浅いはず。だが、様子が――おかしい。
魔王メイトは、顔を押さえたまま、苦しそうに眉をひそめていた。
「ヒロユキ殿、ありがとうございます!」
「……クルッポー」
混乱している。
メイトは、明らかに困惑している……効いてる!
今しかない。このチャンスを――絶対に逃さない!
「そのまま、畳みかけますよ!」
「……クルッポー」
私は鎧の内側から魔皮紙を取り出し、短剣を転送。
そのまま、前のめりにメイトへと踏み込む!
「ックソ!!」
魔王は、明らかに焦っている。
危機を察知し、咄嗟に上空へ飛び上がる――が。
……動きが、さっきよりも、わずかに――遅い!
「――甘い! ヒロユキ殿!」
「……クルッポー」
その一瞬の隙を、私たちは逃さなかった。
二人同時に、跳ぶ。
そして――すれ違いざま、同時に斬りつける。
「ッッッ!!」
斬られた魔王メイトは、空中に留まることができず――
そのまま地面に落下し、膝をついた。
「我に……我に、何をした……!」
斬りつけられた箇所を押さえ、うめくメイト。
もはや、顔をこちらに向ける力すら残っていない。
地面を見つめたまま……崩れ落ちそうに揺れている。
「私とヒロユキ殿の爪には――
アヌビス族にとっての《猛毒》が塗ってある」
「……毒、だと……?」
「この毒は、体内に入るとアヌビス族の組織が過剰反応を起こし、
あらゆる能力を低下させ、血液を凝固させる」
「この、我が……そのようなものに……!」
「さらに言えば――先程で、三撃。
毒の巡りも加速し……今、お前はもう“立ち上がることすら”困難なはずだ」
……これが、リラックスピルクルの“もう一つ”の効果。
原料に使われた魔植物の毒は、通常では効かない。
だが――加工と濃度調整によって、偶然にも“アヌビス族限定の猛毒”として作用した。
すべては……この日のために。
私はゆっくりと歩み寄り、メイトの目の前に立つ。
もはや、メイトは動かない。
話すことすらできない。
ただ、時が止まったように地面を見つめている。
「……勝負、あったな」
私は魔皮紙から、毒を塗っていない短剣を取り出す。
処刑人のように、それを静かに構え――
「そう言えば、名乗っていなかったな」
剣を振り上げながら、私は告げる。
「――私の名は、キール」
「……冥土の土産に、持っていくといい」
無言のまま、魔王メイトはうなだれていた。
そして私は――
その首を、静かに――切り落とした。
「……終わりましたね、ヒロユキ殿」
「……クルッポー」
あっけないものだ。
あれほど力の差があった魔王が――毒ひとつで、逆転されるとは。
いや……これは、ユキさんの“親友”による成果だ。
我々人間が、アヌビス族や魔族と本格的に戦争になったなら――
正面からの戦いでは、勝ち目は限りなくゼロに近い。
だからこそ、こうして“弱点”を突くのは、当然の戦術だ。
……この毒の効力。
もしかしたら――これは、歴史的な大発見になるのかもしれない。
「……クルッポー」
「ヒロユキ殿の身体は……まだ、変化なしですか」
やはり。
“天秤”を破壊しなければ、解放されないのだろう。
「ここで少し魔力を回復して、外に出ましょう」
私は魔皮紙から、《シクラメレンジュース》を取り出す。
キャップを開けながら、もう一度、メイトの方を見やる。
その首はすでに切り落とされていたが――
毒の効果により、血はすでに凝固し、流れ出ることもない。
「取りあえず、魔皮紙で連絡を――」
私はジュースを口に含みながら、振り返った。
「…………ヒロユキ殿?」
さっきまで――確かに、すぐそこに居たはずの、
黒いベルドリの姿が。
どこにも――なかった。