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第392話 魔王メイト 本体

 「ヒロユキ殿……?」



 キールが目を離したのは――ほんの数秒。

 だが、それだけで。


 そこにいたはずの黒いベルドリは、跡形もなく――消えていた。



 「……!」



 最悪の予感が、キールの脳裏をよぎる。


 慌ててメイトの死体へと視線を戻す。

 だが――そこに変化はなかった。

 血も流れず、首もない。


 それでも――

 キールの予感は、的中していた。



 「何を確認している?」



 その声は、空から――

 キールが“いま最も聞きたくない声”だった。



 「確かに。我は、一度――死んでいるぞ」



 「馬鹿な……そんなはずは……!」



 キールが空を仰ぐ。

 そこに浮かんでいたのは――


 黒い肌。

 黄金の鎧。

 黄金の槍。

 犬の頭を持つ、まさしく――アヌビス神の姿。



 「冥土の土産、と言ったな?

  持っていったので――返しに来たぞ」



 「……どういうことだ! ヒロユキ殿は、どうした!!」



 「ふん、よかろう。騎士キールよ。

  お前が我に“丁重に”教えてくれたように……今度は我が教えてやろう」



 「くっ……!」



 キールは反射的に短剣を抜いた――が。



 カラン――



 剣は、まるで“強力な磁力”に引かれるように、地面に叩きつけられた。



 「……な、なんだ!? か、身体が……っ!」



 信じられないことが起きていた。

 本来、効かないはずの重力操作が――


 キールの身体を、地面へと引きずり落とす。

 短剣と同じく、そのまま地に伏す形で、うつ伏せに倒れ込んだ。



 「さて――どこから話してほしい?」



 声はゆっくりと近づいてくる。



 「まずは、“お前がなぜ無防備な状態になっているのか”から、だな」



 「……ッ!」



 「我が、お前と戦っていたとき――

 一度たりとも“魔皮紙”を使っていないこと、気づいていたぞ」



 「お前は、使っていたとすれば……我に“見えないように”使っていたのだろう」



 魔王メイト――いや、“アヌビスの神”は、空からゆっくりと降り立つ。


 その足が、大地を踏む音が――キールの背に、冷たく響いた。


 「単に――お前はその防御力と、生成できる剣に頼っているだけだと思っていたが……」



 「……!」



 「――最後の最後で、我の目の前で“使った”な? 魔皮紙を」



 「……それが、何だというんだ」



 「ククッ……!」



 その笑いに、キールの背筋がゾクリと凍る。



 「それを使った、ということは――お前自身、“可能性として”警戒していたということだ。

  我が、いま重力をかけているのは……お前自身ではなく――」



 「…………!」



 「――お前が、大量に“隠し持っている”魔皮紙の方、だ」



 「くそッ……!」



 ……完全に、読まれていた。


 キールの【目撃護】は、自身と、その装備にしか適応されない。

 鎧と身体だけが守られ、それ以外――“携帯品”には効果が及ばない。



 だからこそ、キールは魔皮紙を見せず、悟らせず、

 あくまで“偶然”や“装備”として扱うよう振る舞っていた。


 ――だが、それが逆に。


 “悟らせまいとする動き”そのものが、

 相手に“存在を確信させる”結果となっていた。


 「……だが!」



 キールは、必死に言葉を繋ぎながら状況打破を模索する。



 「そうだとすれば――貴様のその能力にも、“穴”があるということだ!」



 「フン。そこまでのネタバラシをするつもりはない。

  死んだ後……あの勇者とじっくり考えるがいい」



 「まさか……!」



 「キール。お前が我と戦っている間――視線は、常に我の背後に向いていたな」



 「ッ……!」



 「察するに――その力は、“常に対象を視界に入れていなければ”ならないのだろう?」



 「くそっ……!」



 「だから、我は一度、“魔眼の力”を解いた。

  お前を油断させるためにな。……ここまで言えば、分かるな?」



 「……ククク。毒には驚かされたが、結局――それだけ」



 「(何か……何か、ないか……!)」



 「焦っているな」



 「……!?」



 「この身体こそが、我が本体。

  さきほどの仮初の体とは、すべてが違う。

  お前の“魂の揺れ”も、“動きの迷い”も――すべて、見えているぞ」



 「ぐっ……この……!」



 キールは全力で地を押し、立ち上がろうとする。

 だが、動かない。びくともしない。



 ……もし、これが安物の鎧であれば。

 魔皮紙の重さやキールの力で裂けて脱出できただろう。


 だが、キールが着ていたのは――

 グリード王国、最高級の鎧。


 魔力にも圧にも屈しないそれが、いまや“牢獄”となっていた。



 「では……最後だ」



 「!?」



 「――お前を、生き埋めにする」



 「やめろ……!」



 「どれほど強くとも、人間は食わねば死ぬ。

  だが、自分で魔法を解いた瞬間、圧死する

  少しの間だったが……人間との戦いも、悪くはなかった。――さらばだ」



 魔王は、目に“紋章”を浮かべる。

 次なる魔法の発動動作を始め――



 ……だが、魔王は油断していた。



 今回はもう一人の【勇者』がいる!



 「――超級奥義! 【零式拳砕】っ!!」



 美しく澄んだ、女の声が響いた。


 その瞬間――目にも止まらぬ速度で現れた金髪ネコミミ獣人が、魔王メイトを真正面から殴り飛ばす!!



 「アオイさん!?」



 「キールさん! 援護に来たよ!」



 風を巻き、砂を砕き、空を割るように。



 ――彼女が来た。



 もう一人の【勇者』が!










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