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第393話 考えるのは後回し

  《少し時を戻り アオイ》



 「ゼェ……ハァ……」



 何度目か分からない、拳を振るう音。



 ずっとずっと、能筋みたいに天秤をぶん殴り続けてるけど――

 進捗、ゼロ。



 「……なんの成果もッッ得られませんでしたぁ! って奴じゃん……」



 バカみたいに汗かいて、拳も赤くなって。

 酔いはとっくに抜けてきたけど、状況はまったく変わらない。



 むしろ、酔いが覚めたせいで……



 「何もない空間に、僕ひとりって……やば、なんか……孤独、こわ……」



 ――って、そんなこと考えちゃダメだ!!



 「よし! もう一回!!」



 その時。



 「何をしておるのじゃ? アオイ」



 「っ!?」



 ――背中から突然、声。



 気配なんて一切なかった。なのに耳に届いたのは――

 “聞き慣れた声”と、“特徴的すぎる語尾”。



 「……なんでここに居るの!? ルカ!!!」


 そこにいたのは――


 かつてのクラスメイト。

 そして、かつて奴隷だった“俺”の、マスター。



 ルカが、そこに――いた。



 「……居るから、なのじゃ」



 いや、答えになってないからッ!!



 しかも今日に限って、ルカはいつもの和服じゃなく――

 背中にドドンと『喧嘩上等』の文字が入った、真っ白な特攻服姿だった。



 「……いや、なにその格好!? ていうか、答えになってないよ!?」



 ツッコミつつも、俺は一歩引いて確認する。



 (もしかして――偽物か!?)



 「安心するのじゃ、ワシは本物なのじゃ」



 「……信用できる材料が、一個もないんですけど?」



 「ふむ、ならば――」



 そう言ってルカは、無造作に地面に手をつく。



 「……錬金術?」



 「? まぁ、ほれ」



 「おぉうわッ!? びっくりしたぁ!?」



 バコッ!!



 唐突に、地面から水晶の柱――

 クリスタルが突き出てきた!!



 「え、これ……見覚えあるやつじゃん……!」



 ……あ! あれだ! 入り口にあったやつ!



 「ってことは、ここに俺を閉じ込めた張本人ってコト!? やっぱり敵!!」



 「ズコーーッ!? な、なんでそうなるのじゃ!? お主が危なかったから助けたのじゃ!!」



 ……なるほど、言われてみれば。



 確かに、あの大量の兵士たちも、あの特大竜巻も――

 このクリスタのおかげで、ここまで入って来れてない。



 敵だったら、そんなことする理由ないもんな……。



 「……てことは、やっぱり本当にルカ?」



 「最初からそう言っとるのじゃ、まったくぅ」



 「で! どうしてここに!? 外の兵士と竜巻は!? てかこれ何!? クリスタルどっから出てきたの!? というか学校どうなったの!? そういえば僕らってどうやって別れたっけ!? あれ!? え!?」


 「一気に聞くでないのじゃのじゃのじゃ! 詳しい話はあとでゆっくり話すのじゃ!」



 「そ、そうだけど……!」



 いやいやいやいやいや!

 気になること多すぎてヤバいから!!

 「あとでゆっくり話す」とか、アニメだけでしか許されないやつだから!!



 「ほれ」



 パキパキパキ……!



 「……え?」



 ルカが天秤に、ポンッと軽く触れた。

 ……その瞬間――

 あんなに、あんなにビクともしなかった天秤が……



 ヒビ入ったーーーーー!?!?



 「ど、どうやったの!? ねえ、どうやって壊してるの!?」



 「もう少しなのじゃ。ここはワシに任せて、アオイは行くのじゃ」



 「行くって……?」



 「早くせねば、あの“ヒロユキ”という勇者と、“キール”という小僧……」



 「っ!? どうしてその名前を……!?」



 「このままだと、死ぬのじゃ。……あの二人、まとめて」



 「え!?!?」



 「いいから早く行くのじゃ!! 間に合わなかったら、たいへんなことになるのじゃ!!!」



 「う、うんっ!!」



 ――今、考えてる場合じゃない。

 今は、俺にできることを……!



 俺は、色んな疑問を頭の隅に追いやって――

 天秤に背を向けて、全力で走り出した。


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