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第397話 生きている

 《地下シェルター》


 「ん……」


 目を覚ましたとき、そこは暗く静まり返った地下の避難所だった。


 少女が一人、魔皮紙を広げて何かを書いていた。


 「これでここにルカおばさんに行ってもらって……その間にユキナが植物を操って……いえ、ダメです。物理的に干渉すれば、あの魔眼が……」


 魔皮紙は何枚も破られ、赤いバツ印が乱雑に散っていた。


 「あ、あの……」


 「っ!? アオイさん! 起きたんですね!」


 「うん……ちょっと記憶が曖昧で……いま、どうなってるの?」


 「アオイさんは過度なストレスで呼吸困難を起こして倒れたんです。でも、そういうのに詳しいキールさんが居てくれて、すぐに対処されました。今はもう、大丈夫だと思います」


 「……ごめん。迷惑かけちゃったね」


 「いえ……むしろ、今の状況ではアオイさんが起きてくれて、本当に助かります」


 少女――ユキは手元の魔皮紙をすっと広げ、魔力を通して情報を浮かび上がらせた。


 「これを、見てください」


 そこには、魔王【メイト】の能力に関する細かい魔法的分析が記されていた。


 「魔眼は、メイト自身の魔力を用いて発動されます。使えば使うほど消耗しますが、その効果は範囲によって変動します。狭い範囲であればあるほど、少ない魔力でより強力な重力をかけることができる……と推測されます」


 「……なるほど」


 「そして、キールさんの【目撃護】も同じように、対象が増えるほど魔力の負担が増える性質を持っているようです。ただし、魔皮紙――つまり魔物由来の素材は“対象外”みたいで」


 ユキの指が魔皮紙の一点をなぞる。


 「今まで、魔皮紙は鎧の内ポケットにしまわれていたので、キールさんも気づいていなかったみたいなんです。でも、それに気づいてからは――」


 「魔皮紙も何も持たずに、ひたすらメイトの魔力を削ることに集中してるってわけだね?」


 「はい……現在、キールさんは一人でメイトと向き合い、魔眼の力を引きつけながら“我慢比べ”をしてくれています」


 「……」


 「もちろん、メイトも殺す隙があればキールさんを殺そうとするはずです。だからこそ、魔眼の力を絶えず向け続けなきゃいけない。緊張と消耗の中で、キールさんはその一点だけを見て戦ってくれているんです」


 「……それだけじゃ足りないんだよね?」


 「はい。メイトの魔力をもっと削るために、ルカおばさんとユキナさんが隠れながら援護しています。ですが、それもすべて見透かされてる。メイトは魔力の消費を最小限に抑えつつ、来た攻撃だけ圧縮して無効化しているみたいで……」


 「……そんな器用なことまで」


 「はい……私たちの側に、遠距離攻撃で届く手段はありません。あーたんも、同様です」


 ユキはぐしゃぐしゃに握りしめた魔皮紙を見つめ、声を震わせた。


 「……何もできないんです。私は、ただこうしているだけしか……。誰かが命をかけてるのに……悔しい……っ」


 唇を噛みしめる彼女の手が、小さく震えていた。


 「キーさんは時間の問題です。私達がメイトを見つける前から戦っていて、魔力を消費し続けています。このままでは……」


 ユキさんは、こちらをまっすぐに見てくる。


 「アオイさん……行けますか?」


 行けますか?――そう聞かれるのは当然だった。


 ……ヒロユキが死んだあの日。僕――いや、“俺”は、それを認めるのが怖くて、恐怖を押し込めていた。ずっと。無意識に誤魔化して、蓋をして……


 その結果が、あの呼吸困難だった。


 ――でも……あれ? 何か、引っかかる。


 「……ちょっと、待って」


 頭の奥がざわめく。思い出せない記憶に、指先が届きそうなもどかしさ。朝まで覚えていた初夢を、昼に突然忘れたような、そんな違和感。


 ――夢? 夢……そうだ!


 「あ!」


 「……アオイさん?」


 思い出せ! あれはただの夢なんかじゃない! 俺は……夢の中でヒロユキに会ったんだ!


 確かにあれは“夢”だった。だけど、それだけじゃなかった……それ以上の“何か”を感じた。


 「……ぐぬぬ……!」


 「アオイさん、大丈夫ですか?」


 違う……違う違う違う! ここで思い出せなきゃ、もう二度と……


 「……黙ってて……」


 「えっ、は、はいっ!」


 「……ぐ……ぁっ」


 頭が割れそうだ。扉の向こうにある記憶に、爪を立てるみたいに。


 いけ! いけ……イけ! イけいけ!!


 【くぁらっしゃーい!ゴラァ!……はぁ、はぁ……』


 ……全部、思い出した。


 あれはただの夢じゃない。あれは――


 ヒロユキは……ヒロは!
















 【ユキさん……ヒロは、生きてる!』








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