《ミクラル王国 ナルノ町》
「以前とは、逆ですね」
「……あぁ」
静かな病室。
ここはかつてユキが担ぎ込まれた、ナルノ町の大病院の一室。
だが今、そのベッドに横たわっているのは、ヒロユキだった。
「それにしても――全身筋肉痛、全身骨折、内臓いくつか損傷、魔力酔い、ついでに脳出血まで……」
診断書をめくりながら、少女は呆れたようにため息をつく。
「これ、本当に“【限界突破】の反動”ですか?キールさんの【目撃護】がなかったら、とうに死んでますよ?」
「……あれは【限界突破】じゃない」
「え?」
「……【ナオミスペシャル】だ」
「ナオミスペシャル……って、あのミクラル代表騎士さんの技ですよね!?あんなの使えるんですか!?」
「……もう一度使えるかは分からん」
「なんか出たって奴ですか?」
「……あぁ」
ヒロユキの静かな語調に、少女は思わず肩をすくめた。
命を懸けた戦いだったことは、傷の深さが物語っている。
「失礼しまよ〜」
軽やかなノックと共に、のほほんとした声が響く。
「あ、たまこさん」
「……たまこ」
病室に現れたのは、淡い狐色の髪をした小柄な女性――
ユキたちのサポート役であり、そして何より、この満身創痍のヒロユキを“奇跡的に”治療してみせた張本人だった。
「それにしても~、今回はごめんなさいね~?」
「いえ、こちらも時間が無かったので。……それより、そちらはどうでしたか?例のもの、ありましたよね?」
「えぇ~、ちゃんとあったわよ~」
「……?」
ヒロユキは首をかしげる、二人の会話の意味までは読めない。
「それなら良かったです。私たちはヒロユキさんが完治するまでミクラルで待機するつもりなので、しばらくは別行動で構いません」
「最初からそのつもりよ~。ヒロユキくんの“内側”はちゃんと治したけど、筋肉痛と魔力の影響はね~……お薬飲みながら、じっくり回復してちょうだい~」
「……わかった」
「じゃあねぇ~」
小さな手をフリフリさせながら、たまこは病室を出ていく。
その直後――
廊下から、あわただしい声と足音が響いてきた。
他の医者たちがたまこを取り囲み、次々と声をかけている。
「たまこさん!この患者、急に意識を失って……!」
「言ったでしょ~、私は魔法医者じゃなくて、ただの“治療師”よ~?」
「でも……!前兆もなく倒れて、反応も呼吸もないんです!」
「ふふ~ん、それは“意識不明”じゃないわよ~」
「え……?」
「その人、もう“死んでる”の~。あなたたちが信じたくなくても、事実は変わらないのよ~」
「し、しかし!」
「私は“生きてる命”を治すことはできるけど、“死者”を戻すことはできないの~。これ以上話すことはないわ~」
「くっ……!」
――会話の内容は明白だった。
それは、魂を“すり替えられた”人間たちの末路。
魔王メイトによって“中身”を奪われた彼らの身体には、もはや戻る魂はなく、命そのものが――もう、そこには無かった。
「…………」
「…………」
ユキもヒロユキも、ただ黙って下を向く。
どうしようもない。魂を元に戻せたとしても、片方がなければ“身体だけ”が取り残される。
それは、まるで空っぽの器だった。
「……ユキ、アオイは?」
重たい空気を変えようと、ヒロユキが話題を変える。
「アオイさんなら……あの日、ルカさんと一緒に行方不明になって、それっきりです。あの様子を見る限り、誰かに攫われたって感じではありませんでした。……たぶん、自分の意思で、どこかへ行ったんだと思います」
「……そうか」
「……心配ですね」
「……いや」
「?」
「……約束をしたからな」
「約束、ですか?」
「……あぁ」
「それって、何の約束――」
バンッ!
会話を遮るように、突然、病室のドアが勢いよく開かれた。
「ヒロユキさーーーんっ!んぅ、大丈夫~?」
「なっ!?あ、あーたん!?」
駆け込んできたのは――人間の姿をした“あーたん”。
かつて魔物のような風貌だったはずの彼女は、今や完全に大人の女性の身体をしていた。
柔らかな白髪の髪、大きな瞳、そして豊満な胸元がやけに存在感を放っている。
「……」
「大丈夫ぅ? 大丈夫ぅ~?」
そのままあーたんはベッドに横たわるヒロユキに躊躇なく覆いかぶさり、彼の顔に“大きなオッパイ”を押しつけながら、優しくギュウっと抱きしめた。
「どきなさい!」
「んぅ、ユキ姉らんぼー」
「ヒロユキさんが窒息死するじゃないですか!」
「んぅ?ちっそくー?」
ぎゃーぎゃーとユキが言ってるのを見ながらヒロユキは約束の事を思い返すのだった。
「......あいつに連絡取らないとな」