《グリード王国 リュウトパーティー》
「《人魚討伐》――完了だ」
『えぇ、あなたならきっとやり遂げてくださると信じておりましたわ』
大広間に置かれた、長く豪華なテーブルの上には、湯気を立てるごちそうが所狭しと並んでいた。
だが、その美味しそうな料理に手をつける者は、ほとんどいない。
報告を終えたリュウトは、静かに椅子に腰かけたまま、微動だにせず前を見据えていた。
その隣に座るアカネも、手を膝に置いたまま沈んだ表情で俯いている。
「……しかし、今回は犠牲が多すぎた。たとえ罪人とはいえ、命は命だ」
「……えぇ」
重く沈黙が流れる。
だが――そんな空気を一瞬でぶち壊す人物が、テーブルの向こう側にいた。
「まーまー、そう堅いこと言うなっての! あの程度で済んだだけ奇跡だぜ?」
魔物の肉をワイルドに頬張り、口の端からソースを滴らせながら喋るのは――ジュンパク。
一見すれば小柄で可愛らしい少女に見えるその姿だが、実はれっきとした“男”である。
「ミーら海賊はな、明日死ぬかもしれねぇ覚悟で毎日生きてんだ。
悔いなく生きるのが信条よ。伝説級の人魚に殺されるなんて、海賊冥利に尽きるってもんさ」
「……ジュンパクさん」
ジュンパクは汚れた口元を袖で適当に拭うと、次なる料理へと箸を伸ばす。
「……」
「……」
リュウトとアカネは、その姿を黙って見つめていた。
『しかし、これで魔王は五人倒しましたわ。これはとてもすごいことですのよ?私たちでは力が足りず倒せなかった存在ですもの。さすが異世界の【勇者】様ですわ』
「……ん? 五人? てことは!」
リュウトがこの場で初めて、ぱっと明るい顔を見せた。
『はい♪ 先ほどミクラルから報告が入りましたの。どうやら、皆さん無事で、魔王を一人討伐したとのことですわ』
「ふふーん♪ 兄貴なら当然っしょ!」
それを聞いたジュンパクは、どや顔でふんぞり返ると胸を張る。
「ごちそーさん。さすが王宮料理、どれもこれも美味かったぜ」
『もうよろしいのですか?』
「元・海賊なミーには、こういう格式ばったとこはやっぱ肌に合わねぇ。……これ以上いたら、殺気だってるあの辺の兵を何人か斬っちまいそうだしな♪」
『ふふ、そうですか。それは困りましたわ。すぐに送りを――』
「いんや、手配はいい。ミー一人で帰るさ。……じゃあな、リュウトの坊主」
そう言いながら、ジュンパクは既に扉の前にいた。
「ジュンパクさんっ! 本当に、何から何までありがとうございました!」
「私からも……海賊の方々、船の手配、それに戦闘支援まで。本当に感謝しています!」
リュウトとアカネは席から立ち上がり、深く頭を下げて大きな声で感謝を告げる。
だがジュンパクは、後ろを振り返らずに手をひらひらさせながら言った。
「おう。アイツらのことは気にすんな。……ヒロユキの兄貴やアオイお姉ちゃん、そんでもって【勇者】のアンタがいなかったら――どのみち人間は魔族に支配されたままだったさ」
扉を開ける手を止めず、続ける。
「……特にミーら海賊はよ、自由を求めて海に出てる。だから……なんだろな、うまく言えねぇけど――これからも頑張れよ、坊主」
その言葉を残し、ジュンパクは静かに部屋を後にした。
『……良い方ですね』
「あぁ、そうだな」
『では、話を戻しましょう。現在、魔王は五体が討伐済み。残りは七体……それと、リュウト様が連れてきたあの子――ただいま緊急治療中です』
「名前は“ナナ”って言うらしい。……約束通り、手荒なことはしないでくれ。魔王の子供とはいえ、彼女自身はまだ何も知らない。そんな相手を、俺は裁く気になれない」
『えぇ、分かっておりますわ、リュウト様。私――サクラは、グリード王国の王としてここに誓います』
「ありがとう。……召喚してくれたのが、サクラ王で良かったよ。他の王もきっと優れた方なんだろうけど……この件に関しては、すぐに答えを出せたとは思えなかった」
『どうしてですの?』
「……人類は今まで管理されてきた、その事実を昔から知ってる王だったら快く魔族の……ましてや魔王の子を匿うなんて出来なかったはずだからな」
『つまり……私が“王になって間もない”から、そうした歴史に染まりきっていないのでは――と、そう言いたいのですわね?』
「……うん」
『ふふっ、確かにその通りですわ。私はまだ未熟な王ですから』
「そ、そんなつもりで言ったわけじゃ……」
『分かってますわ♪ ちょっとからかってみたくなっただけですの』
「まったく……フフッ」
『では、次の“魔王”についてですが……』
「ちょ、待ってくれ……“次”?」
『はい。どうかされましたか?』
「いや、どうかって……え? 冗談……だよな?」
『次の相手について――』
「ちちちょっと待った!! 俺たちこの前戻ったばっかりだぞ!? せめて、少しは休ませてくれ……!」
『フフ……分かりました。でも、こちらには時間の余裕がないことだけは、どうか覚えていてくださいね』
「ああ……またすぐ来るから、待っててくれ」
『えぇ、もちろん』
「ってことで、アカネ。行こう」
「はい、リュウトさん」
二人は席を立ち、控えていた騎士に案内されながら玉座の間を後にする。
――そして残されたのは、ただ一人。
『………………』
「サクラ女王、どちらへ?」
室内の壁際に控えていた騎士が、出ていこうとするサクラに問いかける。
『自分の部屋へ戻るだけよ。それと――リュウト様が連れてきた、あの魔族の子』
「はっ」
『絶対に救い出して。元気になるまで、責任を持って面倒を見なさい』
「御意」
『あの子のことは“トップシークレット”。王宮の兵すべてに徹底して。漏洩があれば……粛清よ』
「了解しました!」
そう言い残し、サクラは静かに部屋を後にする。
◇ ◇ ◇
広く静かな私室。
サクラはゆっくりと寝台に身を沈め、天井を見つめたまま微動だにしない。
その瞳には、一切の感情がなかった。まるで感情を削ぎ落とされた人形のような――
『……なぜ助けるのか? 気になる?』
誰もいない部屋。誰に話しかけるでもない、けれどその声は確かに“誰か”に向けて放たれている。
“存在しないはずの者”に――語りかける、それは“女神”。
『だって――人魚は、新鮮な生き血と肉じゃないと……美味しくないんでしょう?』