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第402話 《人魚討伐》報告

 《グリード王国 リュウトパーティー》


 「《人魚討伐》――完了だ」


 『えぇ、あなたならきっとやり遂げてくださると信じておりましたわ』


 大広間に置かれた、長く豪華なテーブルの上には、湯気を立てるごちそうが所狭しと並んでいた。

 だが、その美味しそうな料理に手をつける者は、ほとんどいない。


 報告を終えたリュウトは、静かに椅子に腰かけたまま、微動だにせず前を見据えていた。

 その隣に座るアカネも、手を膝に置いたまま沈んだ表情で俯いている。


 「……しかし、今回は犠牲が多すぎた。たとえ罪人とはいえ、命は命だ」


 「……えぇ」


 重く沈黙が流れる。

 だが――そんな空気を一瞬でぶち壊す人物が、テーブルの向こう側にいた。


 「まーまー、そう堅いこと言うなっての! あの程度で済んだだけ奇跡だぜ?」


 魔物の肉をワイルドに頬張り、口の端からソースを滴らせながら喋るのは――ジュンパク。

 一見すれば小柄で可愛らしい少女に見えるその姿だが、実はれっきとした“男”である。


 「ミーら海賊はな、明日死ぬかもしれねぇ覚悟で毎日生きてんだ。

 悔いなく生きるのが信条よ。伝説級の人魚に殺されるなんて、海賊冥利に尽きるってもんさ」


 「……ジュンパクさん」


 ジュンパクは汚れた口元を袖で適当に拭うと、次なる料理へと箸を伸ばす。


 「……」


 「……」


 リュウトとアカネは、その姿を黙って見つめていた。


 『しかし、これで魔王は五人倒しましたわ。これはとてもすごいことですのよ?私たちでは力が足りず倒せなかった存在ですもの。さすが異世界の【勇者】様ですわ』


 「……ん? 五人? てことは!」


 リュウトがこの場で初めて、ぱっと明るい顔を見せた。


 『はい♪ 先ほどミクラルから報告が入りましたの。どうやら、皆さん無事で、魔王を一人討伐したとのことですわ』


 「ふふーん♪ 兄貴なら当然っしょ!」


 それを聞いたジュンパクは、どや顔でふんぞり返ると胸を張る。


 「ごちそーさん。さすが王宮料理、どれもこれも美味かったぜ」


 『もうよろしいのですか?』


 「元・海賊なミーには、こういう格式ばったとこはやっぱ肌に合わねぇ。……これ以上いたら、殺気だってるあの辺の兵を何人か斬っちまいそうだしな♪」


 『ふふ、そうですか。それは困りましたわ。すぐに送りを――』


 「いんや、手配はいい。ミー一人で帰るさ。……じゃあな、リュウトの坊主」


 そう言いながら、ジュンパクは既に扉の前にいた。


 「ジュンパクさんっ! 本当に、何から何までありがとうございました!」


 「私からも……海賊の方々、船の手配、それに戦闘支援まで。本当に感謝しています!」


 リュウトとアカネは席から立ち上がり、深く頭を下げて大きな声で感謝を告げる。

 だがジュンパクは、後ろを振り返らずに手をひらひらさせながら言った。


 「おう。アイツらのことは気にすんな。……ヒロユキの兄貴やアオイお姉ちゃん、そんでもって【勇者】のアンタがいなかったら――どのみち人間は魔族に支配されたままだったさ」


 扉を開ける手を止めず、続ける。


 「……特にミーら海賊はよ、自由を求めて海に出てる。だから……なんだろな、うまく言えねぇけど――これからも頑張れよ、坊主」


 その言葉を残し、ジュンパクは静かに部屋を後にした。


 『……良い方ですね』


 「あぁ、そうだな」


 『では、話を戻しましょう。現在、魔王は五体が討伐済み。残りは七体……それと、リュウト様が連れてきたあの子――ただいま緊急治療中です』


 「名前は“ナナ”って言うらしい。……約束通り、手荒なことはしないでくれ。魔王の子供とはいえ、彼女自身はまだ何も知らない。そんな相手を、俺は裁く気になれない」


 『えぇ、分かっておりますわ、リュウト様。私――サクラは、グリード王国の王としてここに誓います』


 「ありがとう。……召喚してくれたのが、サクラ王で良かったよ。他の王もきっと優れた方なんだろうけど……この件に関しては、すぐに答えを出せたとは思えなかった」


 『どうしてですの?』


 「……人類は今まで管理されてきた、その事実を昔から知ってる王だったら快く魔族の……ましてや魔王の子を匿うなんて出来なかったはずだからな」


 『つまり……私が“王になって間もない”から、そうした歴史に染まりきっていないのでは――と、そう言いたいのですわね?』


 「……うん」


 『ふふっ、確かにその通りですわ。私はまだ未熟な王ですから』


 「そ、そんなつもりで言ったわけじゃ……」


 『分かってますわ♪ ちょっとからかってみたくなっただけですの』


 「まったく……フフッ」


 『では、次の“魔王”についてですが……』


 「ちょ、待ってくれ……“次”?」


 『はい。どうかされましたか?』


 「いや、どうかって……え? 冗談……だよな?」


 『次の相手について――』


 「ちちちょっと待った!! 俺たちこの前戻ったばっかりだぞ!? せめて、少しは休ませてくれ……!」


 『フフ……分かりました。でも、こちらには時間の余裕がないことだけは、どうか覚えていてくださいね』


 「ああ……またすぐ来るから、待っててくれ」


 『えぇ、もちろん』


 「ってことで、アカネ。行こう」


 「はい、リュウトさん」


 二人は席を立ち、控えていた騎士に案内されながら玉座の間を後にする。


 ――そして残されたのは、ただ一人。


 『………………』


 「サクラ女王、どちらへ?」


 室内の壁際に控えていた騎士が、出ていこうとするサクラに問いかける。


 『自分の部屋へ戻るだけよ。それと――リュウト様が連れてきた、あの魔族の子』


 「はっ」


 『絶対に救い出して。元気になるまで、責任を持って面倒を見なさい』


 「御意」


 『あの子のことは“トップシークレット”。王宮の兵すべてに徹底して。漏洩があれば……粛清よ』


 「了解しました!」


 そう言い残し、サクラは静かに部屋を後にする。


 ◇ ◇ ◇


 広く静かな私室。

 サクラはゆっくりと寝台に身を沈め、天井を見つめたまま微動だにしない。


 その瞳には、一切の感情がなかった。まるで感情を削ぎ落とされた人形のような――


 『……なぜ助けるのか? 気になる?』


 誰もいない部屋。誰に話しかけるでもない、けれどその声は確かに“誰か”に向けて放たれている。


 “存在しないはずの者”に――語りかける、それは“女神”。




 『だって――人魚は、新鮮な生き血と肉じゃないと……美味しくないんでしょう?』







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