《クローバー村 キール家》
「で? どうだった? キーくん」
現在、キールの小さな家のリビングには――
元パーティーメンバーのルコサ、クロエ、オリバル。
そこに元魔王のアビ、そして紅茶を勝手に入れてるルダが加わり、部屋はぎゅうぎゅうだった。
「ルコの言う通りだった……私は、勇者との“差”を思い知らされたよ」
言葉ににじむ悔しさを察し、クロエがずずいと前へ出て、
「けっ。まぁ、あんだけ力持ってんのに、なんで俺らが導かなきゃなんねぇんだよ。まーじ殺してぇよな、勇者ってやつァ」
と、クロエなりのフォローをぶちかます。
「まぁ、わかってると思うけど――魔王と戦うのは、相性。
僕たちの役目は、相性の良い“勇者”をそっと導いて勝たせること」
そう言ってルコサは穏やかに笑う。
「今回はルコの言う通りヒロユキ殿を導いていたら、アオイさんも現れた……それも“計画通り”なのか?」
「はは、さすがキーくん。鋭いなぁ……。
でもね、正直に言うと――【アオイちゃん』の登場は、神のお告げにはなかったんだ」
「どういうことだ?」
「前に話したでしょ? 今の【アオイ』は、神の理を外れて動いている。
人間っていうのは、生まれた瞬間から“神の流れ”に沿って運命を辿るものなんだけど――彼(彼女?)は、その流れを『潜り抜けてくる』」
「つまり、【アオイ』は――」
「いや、まだ断定はできない。
【アオイ』には、神に匹敵するほどの“力”は、まだない。
ただ……今は、それよりも重要なことがあるよね?」
ルコサは静かに、けれどしっかりと皆を見渡す。
「みんなも今回で、はっきり分かったんじゃないかな?
――【勇者】の力は、自分たちとは“格が違う”ってことを」
ここにいる全員が、かつて“強者側”だった者たちだ。
だがその誇りは、今回の件で根底から揺さぶられた。
そしてそれこそが、ルコサの目的。
――“勇者に敵わない”という、否応なく突きつけられた現実。
それを“見せつける”必要があった。
なぜなら、ルコサには分かっていた。
この場にいる全員が、心のどこかでこう思っていたことを。
――“自分たちなら、勇者にも負けない”。
けれど、現実は違った。
“キール”という、自分たちの中でもっとも力を持っていた者が――
魔王に対して、まるで歯が立たなかった。
それを千里眼で“全員が目撃した”。
そして、“その魔王”を――ヒロユキが、圧倒的な力で“ねじ伏せた”。
その違いは、もはや誰の目にも明白だった。
「これで、昔を思い出せるね」
「「「……?」」」
「僕たちってさ、元々そんな強くなかったでしょ? ずーっと四人で力を合わせて、魔物を狩ってきた……そうだったよね? キーくん」
「あぁ。そうだな」
「でもさ――いつからか僕ら、“中途半端な力”を手に入れて、何でも一人で出来るつもりでいた。
だけど、その“上”が現れた瞬間、全部ひっくり返された。
じゃあ、どうするか……って話だよ」
そう言うとルコサは、懐から一枚の魔皮紙を取り出し、光を通して“何か”を具現化させる。
カラリ――
音を立てて、テーブルの上に転がったそれは……小さな、そしてどこか年季の入ったバッヂだった。
「これは……」
「おいおいおい……ルコさん、こんなモンまだ持ってたのかよ」
「俺のは、まだ鞄に挟んであった気がする……」
そのバッヂを見た瞬間、キール、クロエ、オリバルの三人は懐かしさに息をのむ。
それは――
“左右に大きく翼を広げた、燃え盛る鳥”を、
“二本の黒剣”が斜めにクロスしている紋章。
見れば、見るほどに……胸の奥がくすぐったくなる記憶の品だった。
「何さね? この安物バッヂは」
ルダは首を傾げながら裏返したり、刻印をじっと見つめたりして、無意識にルコサへ尋ねた。
「それはね――僕たちがまだ若くて、右も左も分からなかった頃の……初めての“パーティーシンボル”だよ。
当時、最強と呼ばれたパーティーがいてさ、“その座を奪ってやる”って、意味を込めて作ったんだ」
「ふーん、それでこの羽がムダに派手で、黒剣がクロスされてるのかさね……なるほどねぇ~」
「ちなみに、そのデザイン考えたのは、クロエ」
「ちょっ、言うなよっ……!」
クロエは頬を赤く染め、バッヂから目をそらす。
「ルダ、返して?」
「ほいさね、若いってのはえぇもんさね~。昔、私も――」
「いや、おばあちゃんの昔話は今パス」
「何さね!年寄りの話は良く聞けって、親に教わらなかったかさね!」
「はいはいっと」
ルコサは苦笑しながら魔皮紙を取り出し、バッヂを包む。
古びたそれはゆっくりと魔皮紙に溶け込んでいき――ルコサの腕へと転写された。
「……僕たちは今日、今、ここから、新たなパーティーとして生まれ変わる」
そう言って魔力を流すと、彼の腕に浮かび上がったのは――
黒剣が交差する十字紋章。
「これが新しい僕たちのパーティーシンボル。
《この世界を救う意志》って意味も込めて十字架なんだけど、どう?」
「私はよいと思うぞ、ルコ」
「ありがと、キーくん」
「ま、ルコさんにしては上出来じゃん」
「少なくとも、昔のマークでイキってたクロよりマシ……」
「は? なんだとオリバル!? 殺すぞッ!」
わいわいとやり取りしながら、それぞれが順番に魔皮紙を受け取り、腕へと新たな紋章を刻んでいく。
やがて四人全員が付け終えると、ルダにも手渡した。
「……私さね?」
「ああ、君も一員だ」
「わ、私は冒険者だったこともないし、パーティーで戦ったこともないさね……それに……」
ルダは、珍しくしおらしく言葉を詰まらせる。
どこか、場違いに感じてしまったのだろう。
だが――その空気を切ったのは、意外にもクロエだった。
「……ごちゃごちゃ言ってねぇで、さっさと付けろよ」
「!?」
「んだよ、文句あんのか?」
「ふ、ふん、どうなっても知らないさね……!」
ぷいっと横を向いたルダは、制服のスカートをたくし上げ、スラリと伸びた太ももに魔皮紙をピタリと当てる。
「フッ……」
「オリバ!なんか言いたいことあるならハッキリ言え!殺すぞ!」
「いや……良いものだな、ってだけだ……」
「チッ……」
「二人ともー、ケンカは後にして。ほら、まだ一人付けてない奴がいるよー?」
ルコサはルダから魔皮紙を受け取ると、壁に寄りかかったまま沈黙している人物へと目を向けた。
――元魔王、アビ。
「ねー、てことでどう? 元・魔王さま」
「断る。貴様らには俺の民が人質に取られている。仕方なく協力しているにすぎん」
「うんうん、それ言うと思ってた。だからね、実はこれ……付けると“ちょっと得する”神の魔法がかかってるって言っとくよ?」
「何……?」
「気になる? 気になるよね~。いっぱいあるけど、君にとって一番魅力的なのを教えてあげる」
ルコサが微笑む。
「……君の【封印されてる魔眼】。タイミング次第じゃ、一時的に使えるようになる、かも?」
「……何だと!?」
アビの目が鋭く見開かれる。
かつて魔王として恐れられた“時を止める魔眼”――
それを再び使えるかもしれないという言葉は、彼にとって甘い毒に等しい。
「じゃ、これ。持ってて。付けるかどうかは、君の自由だよ」
ルコサは柔らかく魔皮紙を差し出す。
「……」
アビはしばらく無言のまま魔皮紙を見つめ、そしてそれをポケットへとしまった。
「ちなみにこれ、七個マークが付いたら自動で消滅するから、後処理もバッチリ。……さてっと」
ルコサは腰に手を当て、みんなを見渡す。
「じゃあ――みんな!」
「次に動く前に、久しぶりに“親睦”でも深めようか。飲みに行こうよ!」
そして、物語は新たな章へ突入する。