《アオイ家》
「僕の中にいる『女神』についての情報って?」
「うむ、それを教えるのは、実はワシじゃないのじゃ」
「……?」
ルカはおかしなことを言う。
ここに来たのは、女神について教えてくれると言われたからだった。
それに、この家の場所を知っている者なんて、限られている。
かつてここは、僕がユキちゃんと、おじいさんと一緒に暮らしていた場所。
町に行くにもそれなりに土地勘がいるくらい、山奥の静かな家だ。
つまり、僕とルカ以外に、ここには誰もいないはず――。
「まぁ、その人に聞くのが一番手っ取り早いのじゃ」
「だから何を言ってるの?ここには僕とルカしか──」
「本当にそうなのじゃ?」
「え?」
「本当にそう思うのじゃ?」
「いや、思うもなにも……見ればわかるでしょ」
「確かに、見たらそうなのじゃ」
「ほんと、何を言って……っ!」
「気付いたようじゃの」
“見たらそう”──その言葉の意味を理解した瞬間、俺の思考は止まった。
……見えていないだけだとしたら、もう一人ここに「居る」可能性がある。
この身体の、奥深くに──
「まさか……」
「そのためにワシは来たのじゃ。【クリスタルミラー】」
ルカが魔法を唱えると、俺の目の前に全身を映す大きな鏡が出現した。
「仮面を外すのじゃ、アオイ。ワシらの“ボス”と、ゆっくり話すといいのじゃ」
そう言い残して、ルカは静かに部屋を出ていった。
「…………」
鏡の中には、仮面をつけたままの“今の俺”が立っている。
手を振れば、同じように振る。ジャンプすれば、そいつも跳ねる。完璧に連動した、自分の姿──
「...........ふぅ............よし」
俺はゆっくりと仮面を外して、もう一度......意を決して自分の姿を見ると
『やっほー【私】』
鏡の前の『俺』は笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「『女神』......」
『うん、そうだよ!こうやって話すのは初めましてかな?』
「......」
『あらら、急な事すぎて何を話したらいいか頭から全部抜けてるね、まぁ無理もないかぁ』
鏡の俺は俺の意思とは関係なくイスに座る。
『あなたの考えてる事は解るわ、どれから話そうかしら、うーんとまずは誤解を解かないといけないわね』
「誤解?」
『あなたの会ったサクラという女の中に居る『女神』と私は別人よ』
「!?」
『らしくないわね?いつも心の中で饒舌なアオイちゃんが今日は無口、それほど衝撃って訳でもないだろうし緊張してるのかな?』
「緊張......してるのかもしれないたしかに」
『おぉ、流石!ちょっとユーモアを出した言い方で和らげてる♪うーん、自分に緊張するって気持ち悪いよね、それがダイレクトに私にも伝わるからやめてほしいし......そ~れ~♪』
鏡の俺はどこからともなくピンクの魔法少女ステッキを出現させアザとくポーズをとった......なんじゃそりゃ。
「魔法少女って年じゃないだろ」
『ふふっ、緊張がほぐれたでしょ』
「さぁ、自分では良くわからないな」
『こう言うとき何て言うんだろ?嘘乙~♪って奴かな?今私は緊張から発生する【ストレス】とかの感情を魔力として変換して自分の力にしたのよ』
「つまり、俺の感情をエネルギーにしてるってことか」
『そゆこと♪簡単な話、食事ね☆』
「いちいちその姿で古くさいポーズをとるな......」
『はい、ここで何個もあるうちの一個のネタバラシの質問しまーす♪さっきのエネルギーは一時的な物で私という大きな存在を維持するとしたら2秒ってとこです、つまり、私は器であるあなたから感情を四六時中食べ続けなければ存在できません、何よりそれがなければ私は産まれることはなかった......さて、私の言った【それ】とは何でしょう』
「........................!」
『お!流石!気付いたねぇ』
「俺はまだ何も......」
『解るよ♪だって【私】は『私』だから!あの時の怒りもあの時の恐怖もヒロスケちゃんの事を思い出して私に対する殺意も全て伝わってきてる!そして何より!近くに女性が居るだけで湯水のごとく溢れてくる負の感情の数々!』
「じゃぁやっぱり」
『そう!あなたの【女性恐怖症】が私のエネルギー!お母様さえ見誤った程の女性嫌い!それを私はエネルギーにして存在、そして魔力がどんどんどんどん貯まっていくわ!【私】で言うと例えるなら消費期限のない美味しい食べ物達が冷蔵庫の中に永遠にある感じ!キャハハハハ♪』
鏡の『俺』はその魅惑の身体全体を使って表現する。
『ほら!今も!こんなに感じる......感じちゃう、あぁ......大量のエネルギーが私の中に』
「きもっ!」
『まぁそんな感じで【私】から永遠とも言えるエネルギーを接種してる訳よ』
「もしかしてだが」
『えぇ、そうよ、今まで女性恐怖症が発動してなかったのも『私』が食べていたからよ』
「じゃぁどうしてそれが今になってまた?」
『【私】は【勇者】としてあの日、覚醒した』
あの日と言うのはミクラルで吸血鬼達と戦ったときの事だろう、確かに俺はあの時から良くアニメや漫画で見る異世界勇者のテンプレ並みに強くなったのは自覚している。
『だからこそ、今の『私』と調和がとれだしたのよ、【私】が『私』を否定する限り、その感情は消えない』
「俺の考えが解るなら否定する理由がわかるはずだよね?」
脳裏に焼き付いて離れないヒロスケの最後。
それは俺の中で『俺』を嫌う最大の理由だ。
『えぇ、もちろん♪』
「それがあるかぎり......」
『あれがもしも、『私』じゃなく【神】の仕業だとしたらどうする?』
「......え?」
いや、だが俺の中の記憶では『女神』の俺が
『いいえ、考えてもみてよ、『私』はあの日に積もりに積もった【私】の負の感情から産まれた、確かに『私』の源は『女神』......だけど右も左も解らないのにあんな行動すると思う?』
「すると思ってるから信用してないんだけど」
『ま、そっか、【私】は神という存在をどういうのか解ってないんだから』
「どういうこと?」
『この世界の全ては神によって管理されている、それは『私』も例外ではない......まだ産まれたばかりの『私』は神に抵抗する力を持っていないから【残酷な女神としてみんなに周知させる】という神のシナリオ通りに操られたのよ』
「それじゃまるで......」
『シッ、それは言っちゃいけないのよ、それがこの世界の決まりでもある......さて!ここまで話して信じる信じないはあなた次第♪』
「......」
『それを『私』がしたとしても【私】には数えきれないくらいの恩があるはずよ』
「恩?」
『あなた、【糸』がイメージ通りに動くのは自分で動かしてると思ってるでしょ?』
「思ってるもなにもそう動くのだからそうだろ?」
『あれは『私』が考えて動かしてるのよ、驚異的な身体能力や繊細な魔力操作はあなたの【勇者】としての力だけど本来あの【糸】は神から貸してもらってる武器で【絶対に切れない糸】としてそれを物理的に上手く使って【私】が敵を倒す武器......それを『私』が介入してることで【糸』はあなた専用の武器の武器になり、形を変えたりしてるの』
「............」
つまり、それが本当なら癪だが今まで俺はこの【糸』に頼っていたのは必然的にこの『俺』に頼って救ってもらっていたと言うことになる。
『本当なんだけどなぁ~♪ーーーーーーーーーーーーー♪ーーーーー』
「え?」
鏡の『俺』は腰をフリフリと動かしながら口をパクパクとさせてしゃべっているみたいだが急に音が遮断されたかの様に何も聞こえなくなった。
『ーーーーーーー......ーーーー?』
「全然聞こえないんだけど」
『!』
鏡の『俺』は周りを見回した後明らかにため息をついた。
『ーーーーー』
すると魔法を使って空中に文字を浮かべだす。
どうやらこれで話すようだ、そしてピンクの蛍光の文字にはこう書かれていた。
'契約をしましょう'
と。