《9:00》
「うー……頭痛い……」
アオイは、ズキズキと痛むこめかみを押さえながら朝の日差しに目を細めた。
「あっ、やばっ!」
昨夜の出来事を思い出し、慌てて周囲を見回す。
――寝ていた場所の隣では、ヒロユキがイスにもたれかかってぐっすりと眠っている。
その奥には、冒険者用の小さなテントがひとつ、しっかりと張られていた。
「……帰ってない、みたい。よかったぁ……」
胸を撫で下ろしながら、アオイは酔い覚ましの魔法を発動する。
頭のもやが晴れ、スッと視界が冴えた。
「まったく、昨日は大変だったんじゃぞ?」
後ろから声がして振り返ると、師匠が現れた。
その手には、2メートルはある魔物の魚が、大きな葉の上に乗せられて引きずられていた。
「師匠っ!? って、その魚……!」
アオイの目が輝く。
「うむ。このアヤカシは【泥まぐろ】といってのぅ……」
「やっぱり泥まぐろ! ずっと土の中を泳いでるから捕まえるのが難しい高級食材ですよ!? うそでしょ!? どこで見つけたんですか!?」
「ホッホッホ、それは秘密じゃ」
「そんなぁ〜〜!殺生なぁ!」
アオイが大騒ぎしていると、その声に反応してヒロユキがゆっくりと目を覚ました。
「……」
「おはよう、ヒロユキくん」
「……それでどうする」
「起きたばかりなのに、いつも通りって逆にすごいな……」
「……のんびりしてる時間はない」
「……そ、そうだったね」
どの口が言ってるんだよ――と、そんな空気を感じつつも、師範は黙々と転送してきた長包丁を手に取り、シュッ、シュッと静かに研ぎ始めている。
「ヒロユキくんには、まず今の状況を知らないリュウトくんに伝えてほしいんだ。あと、六英雄のたまこさんを、できれば一時的に貸してもらえないかな。そして、もうひとつ……お願いがあるの」
「……なんだ?」
「今回、六英雄の件は僕に任せて、君たちは全力で“魔神の住処”を探してほしい」
「…………………………わかった」
「……ていうのも、六英雄が動いてる間に魔神が――え?」
「……リュウトにはそう伝える」
「あ、あの……自分で言っててなんだけど、理由とか聞かないの?」
「……ユキはアオイに任せると言った。理由なんて、それだけで充分だ」
「……その……僕が失敗するかもって、不安にはならないの?」
「……昔、兄さんが言ってた」
「え!?な、なにを?」
「……“任せた”って言う方が、責任は重い……って」
「お、おぅふ……(それ、俺が会社でミスった時に『任せたって言ったろ!だったら失敗も想定しとけよ!“任せた”って言う方が責任重いんだよ、世の中!』って酔っ払って吠えてたやつじゃん!?それが名言化してる!?)」
「……だから、俺は任されたし、俺もユキのことを“任せた”」
「う、うん……」
それだけを言い残し、ヒロユキは静かにアオイの家へと入っていった。
「ふむ、“任せた”という方が責任は重い、か……あの勇者、良い兄を持っておるの」
「ソ、ソウデスネ……」
少しして、俺の家からヒロユキとジュンパクさんが出てきた。
「……俺たちはもう出る」
「本当はお姉ちゃんと一緒に、まだのんびりしてたいけど……ごめんね」
「う、うん……」
「ヒロユキと言ったかの?」
「……?」
「これを持っていけ」
師範は親指ほどの小さな小瓶を、軽く放ってヒロユキに渡す。
「……これは?」
「お守りじゃ。それは転送魔皮紙で保管せず、装備のポケットに直接入れておけ」
「……わかった」
「ヒロユキくん」
「……?」
「また、楽しく飲もうね」
「……次は、強くないお酒で頼む」
「あ、ミーは?」
「え?あぁ、ジュンパクさんもその時は一緒にどうぞ」
「了解だよ!お姉ちゃんの頼みなら死ねないね〜!その時は、す〜〜〜っごく珍しいお酒、持ってくるからさ!」
そう言って2人は装備の魔法を起動させ、風を切るように走り去っていった。
「さて、と」
「では、本題にうつるかの」
「うん、トミーさんもいい?」
壁にもたれて目を閉じていたトミーは、アオイに呼ばれてゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「俺は大将の武器だ。なんなりと命令してくれ」
「ほぅ……お前が頭を下げるところを見る日が来るとはな。長生きしてみるもんじゃのう」
「あぁ? 老いぼれは黙ってろ」
「まぁまぁ……」と、アオイが苦笑しつつ割って入る。
「じゃあ、たまこさん……が起きてきたら……本題に入ろう」