目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第475話 任せる重み

  《9:00》


 「うー……頭痛い……」


 アオイは、ズキズキと痛むこめかみを押さえながら朝の日差しに目を細めた。


 「あっ、やばっ!」


 昨夜の出来事を思い出し、慌てて周囲を見回す。


 ――寝ていた場所の隣では、ヒロユキがイスにもたれかかってぐっすりと眠っている。

 その奥には、冒険者用の小さなテントがひとつ、しっかりと張られていた。


 「……帰ってない、みたい。よかったぁ……」


 胸を撫で下ろしながら、アオイは酔い覚ましの魔法を発動する。

 頭のもやが晴れ、スッと視界が冴えた。


 「まったく、昨日は大変だったんじゃぞ?」


 後ろから声がして振り返ると、師匠が現れた。

 その手には、2メートルはある魔物の魚が、大きな葉の上に乗せられて引きずられていた。


 「師匠っ!? って、その魚……!」


 アオイの目が輝く。


 「うむ。このアヤカシは【泥まぐろ】といってのぅ……」


 「やっぱり泥まぐろ! ずっと土の中を泳いでるから捕まえるのが難しい高級食材ですよ!? うそでしょ!? どこで見つけたんですか!?」


 「ホッホッホ、それは秘密じゃ」


 「そんなぁ〜〜!殺生なぁ!」


 アオイが大騒ぎしていると、その声に反応してヒロユキがゆっくりと目を覚ました。


 「……」


 「おはよう、ヒロユキくん」


 「……それでどうする」


 「起きたばかりなのに、いつも通りって逆にすごいな……」


 「……のんびりしてる時間はない」


 「……そ、そうだったね」


 どの口が言ってるんだよ――と、そんな空気を感じつつも、師範は黙々と転送してきた長包丁を手に取り、シュッ、シュッと静かに研ぎ始めている。


 「ヒロユキくんには、まず今の状況を知らないリュウトくんに伝えてほしいんだ。あと、六英雄のたまこさんを、できれば一時的に貸してもらえないかな。そして、もうひとつ……お願いがあるの」


 「……なんだ?」


 「今回、六英雄の件は僕に任せて、君たちは全力で“魔神の住処”を探してほしい」


 「…………………………わかった」


 「……ていうのも、六英雄が動いてる間に魔神が――え?」


 「……リュウトにはそう伝える」


 「あ、あの……自分で言っててなんだけど、理由とか聞かないの?」


 「……ユキはアオイに任せると言った。理由なんて、それだけで充分だ」


 「……その……僕が失敗するかもって、不安にはならないの?」


 「……昔、兄さんが言ってた」


 「え!?な、なにを?」


 「……“任せた”って言う方が、責任は重い……って」


 「お、おぅふ……(それ、俺が会社でミスった時に『任せたって言ったろ!だったら失敗も想定しとけよ!“任せた”って言う方が責任重いんだよ、世の中!』って酔っ払って吠えてたやつじゃん!?それが名言化してる!?)」


 「……だから、俺は任されたし、俺もユキのことを“任せた”」


 「う、うん……」


 それだけを言い残し、ヒロユキは静かにアオイの家へと入っていった。


 「ふむ、“任せた”という方が責任は重い、か……あの勇者、良い兄を持っておるの」


 「ソ、ソウデスネ……」


 少しして、俺の家からヒロユキとジュンパクさんが出てきた。


 「……俺たちはもう出る」


 「本当はお姉ちゃんと一緒に、まだのんびりしてたいけど……ごめんね」


 「う、うん……」


 「ヒロユキと言ったかの?」


 「……?」


 「これを持っていけ」


 師範は親指ほどの小さな小瓶を、軽く放ってヒロユキに渡す。


 「……これは?」


 「お守りじゃ。それは転送魔皮紙で保管せず、装備のポケットに直接入れておけ」


 「……わかった」


 「ヒロユキくん」


 「……?」


 「また、楽しく飲もうね」


 「……次は、強くないお酒で頼む」


 「あ、ミーは?」


 「え?あぁ、ジュンパクさんもその時は一緒にどうぞ」


 「了解だよ!お姉ちゃんの頼みなら死ねないね〜!その時は、す〜〜〜っごく珍しいお酒、持ってくるからさ!」


 そう言って2人は装備の魔法を起動させ、風を切るように走り去っていった。



 「さて、と」


 「では、本題にうつるかの」


 「うん、トミーさんもいい?」


 壁にもたれて目を閉じていたトミーは、アオイに呼ばれてゆっくりとこちらへ歩いてくる。


 「俺は大将の武器だ。なんなりと命令してくれ」


 「ほぅ……お前が頭を下げるところを見る日が来るとはな。長生きしてみるもんじゃのう」


 「あぁ? 老いぼれは黙ってろ」


 「まぁまぁ……」と、アオイが苦笑しつつ割って入る。


 「じゃあ、たまこさん……が起きてきたら……本題に入ろう」




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?