《六英雄 初期拠点》
何もない暗闇の中――影が蠢き、4人の姿が現れる。
「……先代に負けず劣らず、見事な影移動ですね。レナノス」
「いえ、私はまだまだです。師匠に比べれば……」
「自分を卑下しないでください。あなたを認めたハネトン師匠が悲しみますよ」
「……すみません」
拠点は、かつて何かの施設だったようだ。
薄暗い室内には、埃をかぶった魔道具が無造作に置かれ、使われていない机と椅子が並ぶ。隅には休憩スペースらしき空間もあるが、そこにも時間の堆積が残されていた。
「ここに来るの、何年ぶりですかね……」
その言葉にマークが反応する。
「少なくとも、俺は初めてですからね、何百年単位ってところじゃないですか?」
「あら、そう……」
それぞれが言葉を交わす中で、ひとりだけ沈黙を守る少女の姿があった。
「……」
「それで、ウジーザス様。どうしてこの少女をここへ?」
「レナノス、私の力は知っていますね?」
「はい」
「なら話は早いでしょう。――彼女は“特別に重要な存在”です。それ以上の説明が必要ですか?」
「……いえ、承知しました」
「あなたの役目は――1週間後の18時、この場所で起こる“出来事”にあります。それまで、しっかりと休息をとってください」
「……ですが、そこまで待たずとも、今すぐ彼らを暗殺しに行けば――」
「……たまこさんを、あなたは殺せますか?」
「……」
「その“答え”は、あの時刻に現れます。人生を左右する選択肢が、ね。……それまでに、自分と向き合うことです」
ウジーザスは懐から一枚の魔皮紙を取り出すと、静かに魔力を注ぎ込んだ。
次の瞬間、彼を中心に薄いドームが広がり始める。中にあった埃や小さな虫たちは、音もなく焼かれ、蒸発していった。
「【ファイアードーム】と呼ばれていましてね。最近人間たちが開発した、“お掃除用”の魔皮紙です。――隅々まで綺麗にしてくれるので、実に便利」
「……私にも、いつか家ができたなら、その時は覚えておきます」
「ええ。あなたの部屋は、あちら――ごゆっくり、お過ごしなさい」
ウジーザスが静かに指差す方を確認したレナノスは、無言のまま影へと沈み、姿を消した。
「それで……俺は、どうすれば?」
「マーク。あなたの相手は――トミーです」
その言葉を聞いた瞬間、マークの目がかすかに見開かれる。
白いシルクハットを深く被り直し、しばし沈黙。頬には一筋、汗が伝う。
「…………それはまた、厄介な任務ですね」
「辛いでしょうが……それしか、手がないのです」
「……あなたが相手では、いけないのですか?ウジーザス様なら、トミーの“核”がいつ、どこに現れるかすらも分かるでしょうに」
「ええ、もちろん可能です。ですが――」
ウジーザスの瞳が一瞬だけ、硬く揺れる。
「私がトミーを相手している間に……“彼女”に滅ぼされる未来があるのです」
「彼女……?あの、新人――【アオイ』でしたか?」
「はい、確かに、今あなたが仕掛ければ、彼女の装備を含め、すべて奪うことができるでしょう。全裸にして、無力化することも可能です」
「ふふ、やりますか?」
「……それが“トリガー”なのです」
ウジーザスの声が低くなった。
「その瞬間、未来は途切れました。まるでこの拠点の明かりが落ちたように、私の未来視が完全に――遮断されたのです」
そう言って、ウジーザスは手を掲げ、部屋の明かりを灯す。
「その時点で、“私たちの未来”は終わっていました」
「………………」
「彼女の中には、もう1つの“何か”が棲んでいる。それを刺激すれば、我々は全滅します」
マークは深いため息をついた。
「はぁ……この世に魔王や魔神より危険な存在がいるとはね。ましてや、トミーさんより厄介とは」
そして、わざと軽く口調を戻す。
「それで、俺はどこにいれば?」
「あなたの“大切なもの”がある場所です」
「……俺の、宝物庫ですか?」
「いいえ。――あなたの一族に代々伝わる、《封印の目》が隠された場所です」
「っ――!!」
「私も今、あなたの未来を見るまで知りませんでした。とんでもないものを継いでいますね」
「……なるほど。親父がアンタを避けてた理由が、ようやく分かりましたよ」
マークはそれだけを言い残し、マントで身を包むと、無言で転移していった。
「……さて。これで、私たち二人きりですね」
「……」
「誰にも聞かれていません。レナノスは、たまこさんの件で頭を抱えている頃でしょうし……この部屋の会話が“未来に反映されること”も、今はない。――まあ、これは愚問でしたね」
「…………」
ユキは黙ったまま、ウジーザスの瞳をまっすぐ見つめていた。
「……やはり、気づいていますね。ユキさん」
ウジーザスは静かに笑みを浮かべながら、ゆっくりと手を上げた。
「だって――あなたも、私と同じ“紋章”を持っているのですから」
その言葉と同時に、ウジーザスの手の甲が淡く光を放つ。
その光に呼応するように、ユキの手の甲にも、同じ形の紋章が浮かび上がる。
静寂の中、2つの紋章が、共鳴するように脈打っていた――。