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第4話:戦闘開始

落下の衝撃は──なかった。

気がつくと、俺は立っていた。


そこは、薄暗い森の中。だが、どこかおかしい。

木々は無作為に生い茂り、一本の枝に枯れ木と青葉が同居している。

地面は妙に平坦で、根が浮き出ることもない。原生林にしては整いすぎており、整備された森にしては密度が高すぎる。


草の丈は不揃いで、春の草花と秋の花が同じ場所に咲いていた。

風は一定のリズムで唸り、耳を澄ますと、低く機械の振動音のようなものが混じっている。

生き物の気配はないのに、鳥の鳴き声だけが響いている。


──ここは、作られた自然。誰かが“森”を模して再現した、人工の風景だ。


そのとき、正面の茂みが揺れた。

草をかき分けて現れたのは、一人の男だった。


身長は俺より少し低いが、肩幅が広く、がっしりした体格。

朗らかな笑顔を浮かべているのに、視線はまっすぐで、こちらを射抜くようだった。


「よう、初戦の相手ってことで、よろしくな」


まとっている熱が、彼が只者ではないことを物語っていた。


──そういえば、さっきまでいた白い部屋で、主催者は言っていた。

“選ばれた六十四人は全員、物語の主役たりえる存在”だと。

目の前の男も、その例外ではないのだろう。


この男と戦って、勝たなくてはならない。


言葉にしなくても、わかる。彼の存在感が、空気の密度すら変えていた。

熱は距離を超えて伝わり、呼吸が少し重く感じる。


「能力使いか……どんな能力なんだろうな」


思わず、口の中でつぶやく。

それを聞き取ったのか、男はにやりと笑った。


「俺の能力、見せてやろうか?」


山田はじめは、一瞬迷い、素直に応じた。


「……見せてくれるなら。でも、手札は隠しておくべきだよ」


その答えに、彼は目を細め、満足そうにうなずく。


「素直だな。俺も隠し事は苦手なんだ」


心臓の鼓動は速く、わずかに手が震える。

けれど、不思議と足は動いた。逃げるためじゃない。立ち向かうために。


「お前、いい目をしてるな。……でもな、俺の炎は手加減ができない。降参したいなら、早めに言ってくれよな?」


──その瞬間だった。


足元の空気が、ビリビリと静電気のように逆立つ。

地面の下から、熱が膨れ上がってくる。

本能が叫んだ。危ない、と。


すぐさま飛びのいた。直後、俺が立っていた場所が爆ぜるように燃え上がる。


轟音が耳を打つ。

地面が割れ、炎が噴き出す。土が焼け、草が黒焦げになっていく。

一瞬で、あたりの空気が真紅に染まった。


まるで地そのものが怒りを吐き出しているようだった。

火柱はうねり、獣のように咆哮を上げていた。空気を食らいながら、世界を塗り替えていく。


焼けた土の匂い。焦げる草の音。

炭になった木片が、ぱちぱちと跳ねている。


視界は熱に歪み、遠近感すら狂ってくる。

──これが、“能力”。


ただ炎を操る、なんて言葉じゃ片づけられない。

これは、破壊の具現。意志を持った熱が暴れている。


一歩でも反応が遅れていれば──今頃、俺はこの炎の中にいた。


俺は、白紙だ。能力も、技も、何もない。

だが、この男は明確な“火力”を持っている。


攻撃手段すら持たない俺と、破壊を自在に操るこの男。

あまりにも差がありすぎる。勝てるビジョンなんて、見えやしない。


──それでも。


(ないものねだりしてる場合じゃない……勝つための突破口を探すんだ)


逃げても意味がない。今、ここで向き合わなきゃ。

山田はじめは、拳を握った。


何もないこの手に、何かが宿ると信じて。


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