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第5話:考察

どれくらいの時間が経っただろう。

走りながら、俺は森の中を駆け抜ける。

幸い、開戦直後の距離を保ったまま、炎の包囲を逃れている。


だが、立ち止まって考える余裕はない。

ましてや、武器も攻撃手段も持たない俺に、悠長に構えている時間はない。


相手の能力は──おそらく「発火」。

任意の地点に、あるいは周囲の物質を媒介にして、火を生み出すタイプだろう。


(せめて、水があれば……川、沢、湿地……いや、見当たらない)


周囲を見渡しながら走るが、希望の影はない。

むしろ、炎は加速度的に迫ってきていた。

相手は、こちらの逃げ道をじわじわと削ってくるように、範囲を狭めている。


このままいけば、いずれ俺は逃げ場を失う。

……それでも、思考は止まらなかった。


(──妙だ)


あの火力を持っていながら、なぜ一気に焼き尽くさない?

本気で勝ちにきているのなら、このフィールド全体を火の海に変えることだってできるはずだ。


なのに、実際の行動は“包囲”。

火を点々と展開し、確実に追い詰めるような戦術。

効率的ではあるが、奇妙な慎重さを感じる。


──思い返す。最初の一撃。

足元に仕掛けられた爆発的な火柱。

もしあれが全力なら、俺の軽いバックステップで逃れられるような火力ではなかったはずだ。


なぜ、あんな中途半端な攻撃だった?


疑問が浮かぶと、そこに意識が吸い寄せられていく。

それが俺の短所であり──同時に、強みでもある。


火の動き。攻撃の間隔。展開のパターン。

観察を繰り返しながら、少しずつ、見えてきたものがある。


【仮説①:作れる炎の“上限”がある】

この追い詰め方は、燃やせる範囲や数が限られているからではないか?

つまり、「任意の場所にいくらでも炎を出せる」わけではなく、同時に展開できる数に制限がある可能性。


炎を展開している間は、新たに作り出せない──

もしくは、維持に集中しなければいけない?


【仮説②:制御が不安定】

初撃の火柱は、見た目ほどの威力がなかった。

もしかすると、能力を得たばかりで、まだ慣れていないのかもしれない。


だとすれば──

今はまだ使いこなせていないが、時間が経てば徐々に精度や威力が増していく可能性が高い。

こちらが迷っている時間が、相手にとっては“成長”の時間になる。


ならば、今すぐこそが仕掛けどきだ。


【仮説③:手加減している?】

……否、それはない。

主催者が言っていた。俺たちは“物語の主役になりうる存在”であり、そして──

「ここでは、勝利のために必要な思考や感情は補われる」とも。


つまり、今の俺が本気で勝とうとしているのと同じように、相手もまた、全力で挑んできているはず。


【仮説④:条件付きの火力】

任意の場所に炎を出せるように見えて、実際には制約がある可能性も高い。

たとえば──


- 自分を中心に一定範囲しか発火できない

- 直接視界に捉えたものにしか発火できない

- 火を出せるのは既に存在する可燃物のみ

- 高火力を出すにはクールタイムや、何らかの“代償”が必要


そうした制限があるからこそ、手堅く追い詰めるという戦術を選んでいるのかもしれない。


仮説は出そろった。

あとは、この命が燃やし尽くされる前に──

どれが真実か、見極めてやる。


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