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第6話:覚悟

俺は、森の中を走りながら、拳を強く握り直した。

この“白紙の手”で、勝機を掴む方法は、きっとまだある。


走りながら思考を巡らせていた、そのときだった。

視界の端に、ちらりと何かが光る。反射するような、揺れるような……水面?


即座に足を止め、目を凝らす。


「──……あった」


全身の血が、逆流するような感覚。

そこにあったのは、小さな**池**だった。

湿った空気がほんのり漂う、静かな水の塊。


(水だ……水、だ!)


思わず声が漏れそうになる。

探していた“沢”どころか、それよりもよほど使える──“水たまり”じゃない、“池”だ。

十分な量がある。


「……今日の俺、持ってるかもしれないな」


思わず笑みがこぼれる。けれど、すぐに引き締めた。

ここからが本番だ。


仮説が正しいかは、まだわからない。

だが、ひとつでも当たっていれば、勝機はある。


池の縁にしゃがみ込み、水面をのぞきこむ。

煤と汗にまみれた顔が、揺らめく水に映る。

無様な姿だ。でも──今は、それでいい。


(ここが突破口になる。賭ける価値はある)


両手で水をすくい、顔に叩きつけるように浴びる。

ひんやりとした冷たさが、肌に張りついた熱を奪っていく。

首筋、腕、足──可能な限り、全身を濡らす。


そして──躊躇わず、飛び込んだ。

水の中が、瞬間だけ静かになる。

冷たさが、服の繊維に、髪に、皮膚にまで染み渡る。


(すぐに蒸発するだろう。……けど、その一瞬が、俺にとっての“防壁”になる)


この即席の水鎧が、たった数秒でも熱を遮ってくれれば──

あの炎の壁を、突破できる。


もし仮説が外れていたら…。自ら炎の中に突っ込んで、無様に負ける未来が容易に想像できる。

けれど、もっと確実な方法を探している時間は無い。

時間が経っていくほど、不利になっていくのは俺のほうだ。


(当たっていてくれ……頼む)


濡れた服はずっしりと重くなった。

重たくなった服は、熱との相性は最悪だ。だが、今はむしろ歓迎すべき重量感。


(細い綱だ。だが、それでも“綱”だ)


それに賭けるしかない。


山田はじめは、濡れた服の裾をぎゅっと握りしめ、再び炎の方へと向き直った。


(突っ込む……あの炎の向こうへ。やつの懐まで──)


火に挑むのではない。“火の奥”にいる相手を倒すために。

この一歩が、命を懸ける価値のある賭けになる。


逃げるしかなかったあの炎に、今度は自分から飛び込む。


恐怖がこみ上げる。だが、もはや後には引けない。

決めた。止まれば、そのまま燃え尽きるだけだ。

意を決して立ち上がり、足元を固める。

一気に地面を蹴って──炎の壁に向かって走り出した。


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