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第8話:終了

制御を失った炎が俺たち二人を取り囲み、襲い掛かる機会を窺っている。


──動けない。


無理に動けば、どちらも命を落としかねない。

一歩も動けない、この極限の緊張感が支配している。


沈黙を破ったのは、炎使いの方だった。


「……どうするつもりだ?」


その問いに、俺は一瞬視線を落とす。


「……俺にできるのは、ここまでだ。追い詰めても…最後の詰めができない。

……これが、俺の限界だ。」


それが、正直な気持ちだった。

自分には何もない。能力も、特別な力も、ない。ただ、知識と意地、そして運を駆使して、なんとかここまで追い詰めただけ。

最初の炎で焼かれていたかもしれないし、水を見つける前に追い詰められていたかもしれない。

それでも、今ここに立っているのは、全て運がよかっただけだ。

どう考えても、目の前で倒れているこいつの方が、俺よりはずっと強い。


炎使いはしばらく黙っていた。

やがて、ふっと、微かな笑みが浮かんだ。


「……そっか。そういう奴も、いるよな。」


その笑いには、懐かしさと、どこか安堵が混じっていた。

そして、彼は続けた。


「なあ、俺と取引しないか?」


取引──

追い詰めた俺からじゃなく、彼からの申し出に、驚きと困惑が一気に胸に広がる。

その意図を測りかねて、俺は黙って彼の次の言葉を待った。


「俺はここで降参する。その代わり──お前は、勝ち続けてほしい。」


突拍子もない提案だった。思わず、口を開けて困惑を隠せない。


「今日は偶然勝てただけだ。能力を持たずに、勝ち続けるなんて…現実的じゃない。」


けれど、炎使いは、静かな目で言葉を返してきた。


「今日の俺は、“能力を使っていないお前”に負けたんだ。

能力があるかどうかは、お前にとって本質じゃない。お前は、一つの壁を越えた。これからも、そうやって越えていける。…俺はそう思ってる。」


できるはずがない、と思う一方で、

彼の確信に満ちた言葉には、どこか従わざるを得ない力があった。


だから、俺は短く答えた。


「……わかった。」


その瞬間、林徹はふっと微笑み、目を閉じた。


「俺の負けだ。降参する。」


その言葉と共に、俺たちを取り囲んでいた炎が、静かにしぼんでいく。

燃え盛っていた熱は、まるで幻のように消えて、音もなく、風に溶けて消失していった。


紅蓮の渦が、跡形もなく溶ける。

まるで、最初から何もなかったかのように。


その時、ふと、俺は一つだけ訊いておきたくなった。


「消える前に──一つだけ。教えてくれ。炎使い、名前は?」


炎使いは目を開け、微笑みながら答えた。


「俺は、林徹(はやし・とおる)だ。お前は?」


「山田はじめ。」


「山田はじめ、か……また会おうな。」


「ああ、またな──林徹。」


──そして、燃え尽きた森に、静寂が戻った。


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