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第34話 お見合い相手

 大婆様が館から出ていった後。

 俺は銀髪メイドのクラリスさんに案内され、応接室らしき部屋に入った。


「来たか」


 中央の木製テーブルを挟み込むように配置されている二つのソファのうち、片方に座っていた一人の女性が立ち上がる。

 彼女が大婆様の言っていたお見合い相手なのだろう。


 腰まで届く長い金髪や、綺麗な淡いピンク色のドレスだけを見ると騎士要素は欠片もなく、単に美しい貴族のご令嬢に見える。

 ただ真っ直ぐこちらを見つめるその金眼は、なるほど女騎士だと言われても違和感のない意志の強さを感じられた。

 女性にしては背が高く、身長は偶然にも俺とほぼ同じぐらいだ。


「待っていたぞ、我が夫候補よ。私はレイナ・ヴァティス。取るに足らん家の下級騎士で、しかも行き遅れだが、女としての美貌はまだ十分にあるつもりだ。貴殿のお眼鏡に適うと良いのだが」


 彼女はそう言いながらさりげなく右手を自分の胸に当てて目をつぶり、姿勢をやや前に傾けた。最上級の敬意を示す礼だ。


「あっ……これはどうもご丁寧に。俺はケイといいます」


 俺は相手の礼が終わってから右手のひらを前に差し出すようにして、その後ゆっくりと自分の胸に当てて目をつぶった。

 大婆様の別荘に滞在している間、ミリアさんに返礼方法を教わっておいてよかった……まさかこんなすぐに使うことになるとは。


 というか彼女、大婆様から聞いて想像していた感じとは全然違うんだが……どういうことだ?


「さぁ、堅苦しい挨拶はこれで終わりだ。言葉遣いも楽にしてくれ。徐々に距離を詰めるという無駄なことは好かん。ほら、そっちのソファに座るといい。すぐ飲み物を……ん? どうした? 怪訝そうな顔だが……」


「え? いや……」


「……もしや、婆から何か聞いたか?」


「ええと……」


 彼女はもしかすると、何もバレてない体で外面を取り繕っているのだろうか?

 だとしたら、大婆様から聞いた話をそのまま伝えるのはマズいか。


 ……ん? いや、待てよ?

 俺としてはお見合いを成功させるつもりはないから、別にマズくはないな。

 むしろちょうどいいかもしれない。やはりいくら魔眼問題を解決するためとはいえ、まったく結婚するつもりもないのにお見合いにきていること自体、罪悪感を覚えていたところだ。そのあたりも含めて全部話してしまおう。大婆様には悪いが、俺は嘘が下手だから態度を怪しまれた時点で、どっちにしろまともに隠し事はできないし。


「実は……」



 〇



 俺が大婆様から聞いた話を彼女に一通り伝え終わった後。


「なるほどな……そこまで聞いていたか」


 レイナはドカッとソファに座って足を組み、額を手で押さえながら大きくため息をついた。


「毎度毎度、余計なことを言う婆だが……今回は随分と色々喋ってくれたみたいだな」


「あれ、今までは違ったの?」


「ああ……今までは話すにしても、せいぜい家が裕福だとか立派な家柄だとか、相手を試す癖があるなどに言及する程度だったが……今回のように『何十人と難癖をつけて見合い相手を断っている』とか、『結婚する気がない』とか、そんな事前情報を伝えられているのは恐らく、貴君が初めてだぞ。随分な特別扱いだな?」


 レイナはフッと笑って口角を上げ、ソファに寄りかかって背もたれに片腕を乗せた。


「そうかな? まあ俺が本命じゃないからかも。物は試しって言ってたし」


「物は試し……か」


 どこか含みのある言い方で言葉を繰り返した後、レイナはクラリスさんに向かって片手を上げた。


「エルグナの18年」


「かしこまりました」


 クラリスさんが部屋から出ていく。

 それを見て俺はレイナに聞いた。


「今のって?」


「ん? エルグナを知らんのか? 酒だよ、酒。ルグナの実を蒸留酒に漬け込んで寝かせた酒だ」


「へぇ……」


 そういうのがあるのか。そもそもルグナの実というもの自体を知らないから、あんまり想像つかないけど。……っていうか、酒?


「なんで酒?」


「飲みたいからだが。悪いか?」


 レイナは曇りなきまなこで俺を見つめながら言った。

 綺麗な金眼だ。口では一応俺に聞いている形だが、まったく悪いと思ってなさそう。


「ああいや……いいんじゃないかな」


 確かこの世界の一般的な常識だと、昼間から酒を飲むのはあまりよろしくないとされていたはずだが、まあ……彼女からしてみれば気乗りしないお見合いなうえに、来たのがそもそも結婚する気がない異国人っていう謎の状況だからな。酒ぐらい飲みたくなっても仕方がないだろう。


「そうか。それはよかった。仮に結婚生活を送る場合、昼間から酒など飲むなと夫に言われるとしたら、うんざりするからな」


「なるほど。まあでもさっき説明した通り、俺は今のところ結婚とかするつもりはないから」


「はは、そういえばそう言っていたな。初手から随分と正直な男だと感心したぞ。確か婆に弱みを握られてここに来たんだったか?」


「弱みっていうか……大婆様にどうしても協力してほしいことがあって、交換条件でね」


「フッ、同じことだろう。婆の常套手段だ。私の年齢が上がったせいで焦っているのだろうな。ここ最近は似たような手口で連れてこられた男が多い」


「そ、そっか……」


 大婆様が言っていたときもそうだったが、これ系の話題ってガチで反応に困る。しかも今回は本人だから尚更だ。平然と話題にしてるけど、どんな気持ちで言ってるんだろ。気まずいの俺だけか?


「それで、婆との交換条件はなんだ? もし私が解決できることであれば、協力してやるが」


「え?」


 予想外の申し出に驚いていると、クラリスさんが台車に琥珀色の酒瓶とロックグラス二つ、あと大きめの丸い氷が沢山入った金属の容器を乗せて運んできた。


「何を驚いている。ケイは私の見合いのために、半ば強制的にここへ来る羽目になったのだろう? ならば私が迷惑を掛けたも同然なのだから、私が可能なことであれば協力するのは当たり前だと思うが」


「それは……でも、レイナもそれは同じじゃないのか?」


「同じ? いや違うぞ。私は自分の意思でここにいるし、結婚する気がないわけでもない。何十人と見合い相手を断っているのは事実だし、婆から見ればやる気がないように見えるのかもしれないが、私としてはただ急いでいないだけだ」


 レイナはそう言いながら、会話の最中にクラリスさんが用意してくれた酒のグラスを掲げた。それを見て俺も自分の前に置かれたグラスを掲げ、乾杯する。そして丸く大きな氷が浮かんだ琥珀色の酒を一口飲む。


「へぇ、なんか独特な味……苦っ!」


「フフッ、不思議なもので、最初はそうでもないのに後から来る苦みがすごいだろう? 大抵、初めて飲んだ人間は驚く。吐き出す者も珍しくないが……貴君は大丈夫そうだな」


 レイナがニヤニヤしながらグラスを傾け、喉をゴクリと鳴らす。

 こんな苦くて度数が高い酒を一口であんなに……すごいな。っていうかメッチャ楽しそうにしてるじゃん。これがあれか、例の相手を試す癖ってやつか。


「大丈夫ってほどじゃないけど、まあなんとか……」


 リリアが作った男用の抑制剤と比べたら、まだ常識の範囲内だ。

 この苦みは、なんだろう……ビールの苦みを凝縮して濃くした感じが一番近いだろうか?

 俺は最初ビールが苦手で、もちろんあの苦みも好きじゃなかったのだが、回数を重ねるにつれ徐々にあの苦みが好きになっていったので、もしかすると似た系統の苦みがあるこのお酒も慣れたら好きになるかもしれない。

 そう思い、もう一口飲んでみる。


「う……やっぱり苦いな」


「おお、そんなすぐに再挑戦するとは、貴君も物好きだな。今まで二口目に挑戦した者は数人いるが、その中でも相当早いぞ」


「今まで飲んだことのない味だったから、つい」


 それに随分と久しぶりのアルコールだし。

 前世だと酒はたまに飲むぐらいで、別に必須なタイプじゃなかったが、ずっと飲まないでいるとそれはそれで飲みたくなるものだ。


「それでええと……ごめん、何の話だっけ?」


「私が結婚を急いでいないという話……じゃないな、それはもう終わった。ああ、貴君が交わした婆との交換条件の話だ。結局なんだったんだ?」


「あー……それか……」


 魔眼の話は掛かった本人以外、最初は信じてもらえない率が高いからあんまり話したくないんだが、『解決できることであれば協力してやる』とまで言ってくれるのならば、ちゃんと話さないわけにはいかないな。

 ただ転生のことまで話すと信じてもらえない率が更に高まるので、最近能力が発現したことにして諸々の経緯を説明していく。


「魅了の魔眼か……」


「そう。レイナとクラリスさんには大婆様が対策してくれてるらしいんだけど、普通は目を合わせるだけで魅了に掛かっちゃうから困ってるんだよ。信じ難いとは思うけど」


「いや、信じるぞ。そもそも私は魔眼持ちを見たことがあるからな」


「マジで!? どこで誰を!?」


「それは国家機密だから言えんが……私はこう見えて魔法も使えるから、貴君の目が怪しい魔力を宿しているのは最初に見てわかっていた。だから確信はなかったが、一目見たときから魔眼持ちではないかと疑ってはいたぞ。フフ……まさか本当にそうだとは思わなかったが」


 レイナはそう言ってグラスを傾けると、琥珀色の酒を一気に飲み干した。

 飲むペース早っ。俺は人と飲んでいると無意識にペースを合わせてしまう人間だが、これはついていっちゃダメな早さだな。

 つられて飲みたくなる意識を抑えていると、彼女はクラリスさんに2杯目の酒を注いでもらいながら、俺のグラスにチラリと視線を向けた。


「あ……俺もおかわり、いいですか?」


「かしこまりました」


 気が付けば、俺はグラスの残りを飲み干してクラリスさんに渡していた。

 ついていかないつもりだったのに、抑えきれず飲んでしまった。


 ……まあ、久しぶりの酒で俺も飲みたい欲が強かったから仕方がない。まだ2杯目だし、飲むペースが変わらなかったら止めればいいか。

 前世だと酒には強い方だったが、この身体は未知数だから慎重にいこう。

 加護があるから大丈夫だとは思うんだけど、念のため。


「ほう……私についてくるか。だが、無理はしない方がいいぞ? 私は酒に強くてな。最後までついてこようとしたら、恐らくひどいことになる」


「久しぶりの酒だったから、つい。でも大丈夫、無理はしないから」


「ならいい。……ところで、話は変わるが」


 レイナはグラスを傾けながら、なんてことない話題を振るように言った。


「貴君、転生者だな?」

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