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第33話 条件

 大婆様の力を借りるには、条件があるという。


 なんだろう。何かしらの魔物を倒して素材を取ってこい、とかだろうか。 

 リリアのときも色々と必要なものがあったしな。


「ワシとデートせい」


「…………はい?」


「なんじゃ、聞こえんかったか? デートじゃデート。逢い引きとも言う」


 いや、複数人の前で言ってる時点で逢い引きではない……って、そういう問題じゃない。


「どういうことでしょうか?」


「そのままの意味じゃ。そう深く考えんでも良い。ワシをエスコートして楽しませることができたら力を貸してやろう。できるか?」


「……わかりました」


 どう考えてもそのままの意味だとは思えない。

 だが何をやらされるにせよ、俺に断るという選択肢はないのだ。であればやるしかない。


「よし。ならば準備ができたら迎えに来るからの。それまでこの館で待っておれ」


「準備ですか?」


「なんじゃ、幼女の姿だからといって準備が要らぬとでも?」


「い、いえ」


「では、また後での」


 大婆様はそう言って椅子から降りると、トコトコと歩いて部屋から出ていった。それを見てミリアさんが両手を叩き、こちらに向き直る。


「みんな、お腹空いてるでしょう? わたし、お昼ごはん作ってくるわね」


「あ、私も手伝います」


「あら嬉しい。お礼にいい事を教えてあげるわ」


「いい事? なんですか?」


「それは……お料理しながら教えてあげる」


 なんの話かと思ったが、ミリアさんとリリアが台所に向かってしばらくすると、聞こえてくる話し声からその内容がわかった。どうやらミリアさんはリリアがシルヴィの食事に入れている、抑制剤の改良レシピを教えてくれているようだ。

 つい今さっき大婆様の力を借りられる目途がついたところではあるが、ありがたい。今もシルヴィの症状は悪化してるし、何なら現在進行形で妄想の世界から中々帰ってこないから、心配になっていたところだ。今から魅了を解除するまでの短い時間でも、平常に近い状態で過ごせるならそれに越したことはない。



 〇



 大婆様から『この館で待っておれ』と言われてから、一週間が経った。


 ……いや、デートの準備長っ!


 元からそのままの意味だとは思ってなかったけど、これ絶対にデートじゃないだろ。準備に一週間掛かるデートってどんなだよ。エスコートする側ならまだしも、あっちはエスコートされる側だし、絶対におかしい。


 そう思っていた昼過ぎ頃、館のエントランスにて。やっと大婆様が訪れたのを全員で出迎える。

 デートの準備だと言っていた割に見た目は最初出会ったときから変わらない。ピンク髪の幼女で、服は黒いワンピースだ。唯一の装飾は頭のてっぺんにつけた大きな赤いリボンのみ。


「待たせたの」


「……はい」


「こらこら、そこは『俺も今来たところだから大丈夫だよ』じゃろ?」


「一週間前からここにいたんですが……」


「ノリの悪いやつじゃのぉ」


 大婆様がこちらに背を向け、「ついてこい」と一言だけ伝えてそのまま館から出ていく。

 俺もその後を追うべく歩き出すと、後ろから服の袖を引っ張られた。


「ねぇ、デートするって聞いたんだけど」


 振り返ると、そこには頬を赤く染めてモジモジするシルヴィがいた。


「そうだけど……」


「それなら……これ、渡しておくから。あたしだと思って」


 シルヴィはそう言うと、自分の首から下げていた星形のペンダントを取って、俺の首に掛けた。彼女が事あるごとに握りしめている、抗呪の効果があるペンダントだ。


「……浮気、しないでよね」


 そしてシルヴィは困り顔かつ、上目遣いでそう言いながら、再び服の袖を引っ張ってきた。

 ——あざとい。意識してるのかしてないのか不明だが、極めてあざとい。


 だが……かわいい。

 ここまでされると浮気も何も俺たち付き合ってないとか、デート自体は浮気じゃないのとか、そういう野暮なことは言えない。


「浮気はしないから大丈夫。いってきます」


「いってらっしゃい」


 シルヴィがまるで新妻みたいな雰囲気を出して俺を見送る中、後方ではリリアが何か言いたげにしながらも結局言わず、最後に「いってらっしゃいませ……」と小さな声で呟き、手を振るのが見えた。

 ちなみにミリアさんはそんなリリアを横目で見ながらニコニコしていた。


「遅いぞ、何をしとる」


「すみません」


 館の外に出て、待たされたことに文句を言う大婆様に謝る。

 見た目とか声とか何もかもが幼女なので、怒っているところも微笑ましく感じるな。大婆様が『幼女は得』と言っていたのも納得だ。


「それで、今日はどこに行くんですか?」


 トコトコと住宅街を歩く大婆様についていきながら、今日の行き先を聞く。


「気の早いやつじゃの……まあよい。行き先は知り合いの家じゃ」


「デートじゃなかったんですか?」


「なんじゃ、本気でワシとデートするつもりだったのか? おぬし、幼女趣味か? 婆が趣味か? それとも両方か?」 


「どっちも趣味じゃないです……」


 勘弁してほしい。あと両方趣味ってどういうことだよ。

 大婆様ロリババアがドンピシャってこと?


「そうか。まあワシの攻略難度はSSSじゃからな。おぬしにはまだ早いじゃろ」


「あ、はい。それで、知り合いの家とは? どなたです?」


「ノリの悪いやつじゃのぉ……実はワシが目を掛けている家の娘に問題があっての」


 大婆様曰く、その娘は年齢が25でこの世界的には相当行き遅れているにもかかわらず、身分が騎士で男勝りな性格ということもあり、お見合い相手をことごとく断っているという。


「最近ではもう、見合い相手となる手ごろな男も少なくての……それでおぬしに声を掛けたわけじゃ。もちろん、相手にはおぬしの魔眼を見ても魅了には掛からぬようにしてある。相手の世話をするメイドにもな」


「そんな簡単に魔眼対策できるんですか……っていうか、あの、困りますよ」


 魔眼問題は抜きにしたとしても、俺は傍から見ると得体の知れない異国の人間だ。この国での信用はないし、帝国の騎士様と見合う身分もない。貯金だってない。というか、そもそも俺自身に見知らぬ女騎士様と結婚する気自体がまったくない。そんなナイナイ尽くしの俺がなぜお見合い相手なのか?

 それを大婆様に伝えたところ、彼女はカラカラと笑って答えた。


「おぬしは今まで紹介した男とは一味違う感じがするからのぉ。物は試しというわけじゃ。それにワシの手に掛かれば金や身分などはどうとでもなる。気にすることはない」


「金や身分がどうにかなっても、俺に見知らぬ人と結婚する気がないんですが……」


「結婚する気がないのは向こうも同じじゃ、安心せい。どうせ断られるに決まっとる。ワシとしてはおぬしのような人間にあやつがどう反応するかを見て、今後の紹介相手に活かせればよい。結果は期待しとらん。それにもし万が一、気に入られたとしても見合いなんじゃから、どうとでも理由をつけてそっちから断ればよかろう」


「それは……人としてどうかと思うのですが」


「何を言っとる。相手も今まで何十人と難癖をつけて見合い相手を断っとるんじゃぞ? なんら引け目を感じることはない。それにもしかすると双方が相手を気に入って、そのまま結婚したいと思うかもしれんぞ? 最初は互いにどう思っていようが、結局のところ人間同士じゃ。何が起こるかなんぞわからんからの」


「うーん……」


 お互いに相手を気に入るかもとか、そういう話は置いておくとして。

 女騎士様とやらが今まで何十人と難癖をつけてお見合い相手を断っているならば、その人がそもそも結婚には乗り気じゃないという大婆様の話は事実なのだろう。つまり義務的なお見合いだ。そういう意味では俺と条件が一緒なのかもしれない。

 ……でもなぁ。


「いや……やっぱりダメですよ。だって俺は魔眼の問題を解決するまで結婚とか絶対にするつもりないですし、シルヴィが望むならば責任を取るつもりでいます。万が一、その人とのお見合いで意気投合したとしても前提条件からして……」


「ええい、ゴチャゴチャとうるさいのぉ……そうなれば、どちらとも結婚すればいいだけの話じゃろ。帝国は一夫多妻が認められとる。なんの問題があるんじゃ」


「い、一夫多妻ですか? 一人ですら未知の領域すぎて頭を抱えたくなるんですが、二人となると尚更……」


「ならその魔眼、ずっとそのままにしておくか? おぬし、未だにそれを制御する糸口すら見えてないのじゃろ? 言っておくが、ワシが力を貸さねば魔眼の問題を解決するのは不可能じゃぞ」


「……それを言うのはズルくないです?」


「何がズルいじゃ。『俺にできることなら、なんでもします』とのたまっておいて、見合いごときでゴチャゴチャ言うそっちの方がズルいじゃろ」


「それは……」


 よくよく考えると本当にそうだな。大婆様の言う通りだ。

 あまりにも正論パンチすぎる。


「確かにその通りでした。すみません、大人しくお見合い行かせていただきます」


「わかればいいんじゃ、わかれば。……あやつにも、おぬしのような素直さがひと欠片でもあったらの」


 大婆様が遠い目をしながら呟く。


「あやつって……その、これから向かうお見合い相手の人ですか?」


「まあの。幼い頃はバーバ、バーバとかわいかったんじゃが、今や見る影もないほど生意気に……いや、やめておこう。これから見合う相手にする話ではない」


 今聞いた話の時点で十分、不安になったんだけど……嫌な予感がするなぁ。

 まあでも、相手も義務的なお見合いだろうし、やり過ごすことに専念すればなんとかなるだろう。多分。



 〇



 住宅街をしばらく歩き、貴族街らしき場所に入ってすぐのところで大婆様は止まった。


「ここじゃ」


「ここ……ですか?」


 大婆様と一緒に目の前の館を見上げる。

 あれ、なんか思っていたよりも……?


「ぼろっちい、と思ったか?」


「あ、いえ……」


「まあ、さっきまでワシの別荘にいたらそう思うのも無理はないじゃろ。だが、帝国貴族とはいえ下級であればこんなもんじゃ」


「なるほど」


「だがな……実のところ、これは嘘じゃ」


 大婆様が俺に近づき、声をひそめながら話す。

 ……嘘ってどういうことだ?


「あやつの家は裕福なんじゃが、結婚したくないばかりにわざとぼろっちい別荘で見合いをするんじゃ。ワシが何度言ってもやめようとせん。相手の器を試すため、じゃとな」


「……それ、俺に言っちゃいけないのでは?」


「バカもん。もう齢25じゃぞ? 普通は12から14には結婚して、20になったら行き遅れと言われる中で、25じゃぞ? 相手の器を試すだのなんだの言っとる場合か」


「な、なるほど……」


 個人的な感覚だと全然遅くないと思うけど……この世界にはこの世界の常識があるからな。日本でも昔は結婚適齢期が早かったって聞いたことあるし、そういうものか。


「まあ、根は悪くないやつじゃし、外見にも恵まれとるから、今までは試されていると知ってもワシがあやつの家柄を保証さえしておけば、乗り気になる男が多かった。何しろ、世界一の魔女であるワシの紹介じゃからな。だがここ数年、あやつが歳を重ねるにつれ、男どものやる気があきらかに下がり始めたのを感じておる。ワシの威光を以ってしても、じゃ」


「…………」


 何も言えない。


「そんな状況でワシがせめて、少しぐらいはあやつが好意的に見られるであろう情報をコッソリ教えることは、はたして悪いことじゃろうか?」


「わかりました……わかりましたから」


 前世で親や親戚に『結婚はまだ?』系の話をされるたび苦い思いをしていた俺としては、大婆様の苦労話というか、お節介話を聞けば聞くほど、まだ見ぬお見合い相手への同情心が増していくから、正直やめてほしい。

 ここから先はやり過ごすことに専念すると決めているのだ。同情や共感は邪魔になる。


「わかったならよいが……ほれ、足が止まっとるぞ。ついてこい」


 大婆様の言葉に促され、俺は意を決して館の玄関をくぐった。

 館の中は外観とは裏腹に、清潔で落ち着いた雰囲気の空間が広がっていた。装飾品のたぐいは少ないが、カーペットやランプなど必要なものはちゃんと揃っているし、全体的にシンプルで品がある感じだ。


「ようこそおいでくださいました」


 エントランスの近くで待っていたのか、中に入ってすぐにメイド服を着た女性が俺たちの前に現れた。

 歳は20代後半ぐらいだろうか。銀髪のショートボブに同色の瞳、無表情かつ端正な顔立ちが印象的なクールビューティーだ。


「我が主のためご足労いただき感謝いたします、ロジェスティラ様」


「うむ……おぬしにも毎度、世話をかけるの」


「身に余るお言葉をいただき、恐縮でございます」


 彼女は大婆様に深く頭を下げると、今度はこちらに向き直った。


「申し遅れました。わたくしメイドのクラリスと申します。ケイ様のことはロジェスティラ様より伺っております。主様あるじさまの元へ案内いたしますので、どうぞこちらへ」


「あ、どうも……あれ、大婆様? 行かないんですか?」


「ワシはここまでじゃ。どうせ行ったら文句を言われるしの。あとは若い二人に任せる。ではの」


 大婆様は手をひらひらと振りながら踵を返すと、そのまま館から出ていった。

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