しょうもないダジャレでずっと笑っているレイナを見て困惑していると、クラリスさんが胸に手を当てて敬意を示す礼をした。
「お見事です、ケイ様」
「え……あ、ああ、どうも……」
その割にクラリスさんはさっきからまったく変わらずクールビューティーで、無表情のままだ。
……これはあれだ、この世界的にどうこうじゃなくて、レイナだけが特別ダジャレに弱いだけだな。当然といえば当然だけど。
「フフフ……フー……あー、面白かった。貴君、やるではないか。そんな隠し玉を持っていたとは」
「こんなのでいいなら、いくらでもあるけど……」
「いくらでも? フフ、さすがにそれは盛りすぎだろう。こんな秀逸なシャレが他にいくつも出てくるはずがない。貴君のシャレは面白かったと評してやるから、くだらない見栄を張るのはよせ。せっかくの余韻が台無しになる」
「…………」
これ、もっとやれっていうフリか? それとも本気で言ってるのか?
どっちもありそうだけど、どっちにしろ前の世界で有名なダジャレはそこそこ覚えてるから、やってやるか。シラフだったら恥ずかしくてもうやめてるだろうけど、今は気分よく酔ってるしな。
「壊れた時計は、ほっとけい」
「っ!? フフフッ!」
「この銅像ください。どうぞー」
「フフフフッ!」
「布団がお山の方まで吹っ飛んだ! おやまぁ」
「フフフフフフフッ!」
レイナが口元を両手で押さえて、ソファの上で笑い転げる。
普段はキリッとした美人なのに、笑うときだけ目元がニッコリで笑い声も上品というか、おしとやかな少女らしい感じなのがなんだか、妙にかわいい。
あとかわいい以上に面白いので、どんどんくだらないダジャレを言って笑わせていく。レイナは無限に笑っていた。途中からは涙を流しながら笑っていたが、プライドがあるのか癖なのか、大口を開けて笑うことはせず、ひたすらフフフ笑いだ。こうなると意地でも大口を開けて笑わせたくなる。
「靴下を発掘……」
「お待ちください」
いよいよ熱が入ってきたところで、クラリスさんが近寄って止めに入る。
「
「……はい」
大人しく頷く。これは俺を止める方便だろう。
ヤバい、調子に乗ってやりすぎたかもしれない。
よく見ると、レイナは口元を両手で押さえたまま喉をヒューヒュー鳴らしており、呼吸困難のようになっていた。時折ビクンビクンと震えてもいる。それをクラリスさんが優しく起こして背中をさすり、落ち着かせて呼吸を整えさせる。
「ハァ……ハァ……ハァ……貴君……私を、殺す気か……!?」
「ごめん。大口開けて笑うところが見たかったんだ」
「そんな理由で人を殺そうとするな! 狂ってるのか貴君は!?」
「ぃ……ごめんなさい」
一瞬、言い訳をしていいわけ? と喉まで出かかったが、さすがに自重する。
うん……いいわけがないんだよな。
「フー……まったく、『話が面白くない』と言ったことがそんなにも気に障ったか?」
「そんなつもりはないけど……ああ、でも今なら評価は改まった?」
「んん? 何を言っている?」
レイナは汗で頬に貼り付いた金髪を耳に掛けながら、首を傾げた。
「貴君が秀逸なシャレを披露したからといって、貴君の『話が面白くない』評価が改まるわけないだろう。まったく関連がないとは言わんが、私にとっては別件だな」
「あー……なるほどね」
わからないでもない。『面白い話ができる』と『話していて面白くない』は似てるようで違うもんな。レイナにとっては後者の意味なのだろう。
まあ、よくよく考えるとダジャレはどっちにも該当しないような気がしてきたけど。ネタではあるが、『面白い話』って言われたら多分首を傾げる。
「ほら、それだ」
「うん? 何が?」
「そこで素直に納得するだけだからいかんのだ。酒も随分飲んでいるのに、貴君は真面目すぎる。わかるか? こういうときこそ、機知に富んだ巧妙な返しをだなぁ……」
レイナがクドクドと、典型的な酔っ払いみたいなことを言い始めた。説教というか、だる絡みというか……よく見ると顔もほんのりと赤くなっている。
彼女はかなり顔が美人だから、だる絡みされてもあんまり嫌な気持ちにはならない。俺はそうでもないが、むしろ人によってはご褒美だろう。
そういえばあれから俺たち、どれぐらい飲んでるんだっけ……? 何気にちょくちょくグラスが空になっておかわりもらってるから、結構飲んでる気がするけど、まだ飲めるな。そこそこ酔ってる自覚はあるが、粗相する気配もないし、もしかすると前世の巨体以上にこの身体は酒に強いのかもしれない。
あとこの苦い酒、慣れたら普通に美味しいわ。後味がメッチャ苦いのに、その苦みが癖になる感じ。
「おい、ケイ! 聞いてるのか? なんか面白い話しろ!」
「…………」
だっる……。
やっぱいくら美人でも、酔っ払いは普通に面倒だわ。
「ホラ吹く上司が……ほら、腹上」
「待て待て待て待て!!」
レイナが慌ててテーブル越しに俺の口を塞いでくる。その際、テーブルにぶつかった衝撃でグラスが倒れ、酒と氷がこぼれた。
すかさずクラリスさんが綺麗にして、別の新しいグラスに酒を注いでくれる。
すごいな……クラリスさん、チェイサーで水とかなしに、ずっと酒を注いでくれるじゃん。レイナ普段どんだけ飲んでるんだよ。
「貴君、今……シャレを言おうとしただろう?」
「だって、面白い話しろって言うから」
「それは『面白い話』じゃなくて、『面白いシャレ』だろう! また私を殺そうとするつもりか!?」
「だるい」
思わず口から本音が出た。
「……なんだと?」
「なんで俺ばっかりそんな説教されなきゃいけないんだよ。俺たちは妙な成り行きでここにいるけど、最終的には自分の意思でいるんだから対等な立場だろ。俺はさっき面白いシャレを披露したんだから、今度はそっちが面白い話とかをするのが筋じゃないのか?」
「しかしだな、帝国では男が女を楽しませるというのが常識……」
「そんなこと言われても、俺は帝国の人間じゃないし」
まあ、こんなの酔っ払いに言うようなことではないかもしれないが、言いたくなってしまったのだから仕方がない。
「む……そういえば、そうか……だが……」
レイナは口元に拳を当てて、何やらブツブツと呟き始めた。
あれ、意外だな……てっきりさっきまでのテンションで『ここは帝国だから~』的な説教が飛んでくるかと思ったら、なんか考え込んでる。
「うむ……貴君の言い分はわかった。しかしながら、我が国には『帝国の地に立つならば、帝国の掟に従え』という言葉がある」
「そんなの……」
「ああ、貴君としては『そんなの知るか』という話だろうが、それで話を流すのも据わりが悪い。そこでだ」
レイナはニヤリと口角を上げ、何か悪だくみを考えているかのような笑みで言った。
「貴君……アルカン戦略盤、というものを知ってるか?」
「っ!?」
アルカン戦略盤……だと!?
「……ここで、その名を聞くことになるとはな」
「ほう、知っているのか。ならば話は早い」
レイナが手を挙げると、クラリスさんが隣の部屋からアルカン戦略盤の台を持ってきた。台の上には小さな丸い木の器が二つあり、それぞれ白と黒に分かれた多数の駒が入っている。
アルカン戦略盤。それは以前、魔法銀を買うために入った素材屋で見かけて欲しいと思ったものの、財布状況的に買ってる場合じゃなくて、悔しい思いをしたこの世界のボードゲームだ。
木製の台が分厚いのと、駒に魔法使いっぽいものが多いことを除けば見た目はチェスによく似ている。でも確か、相手の駒を倒して捕虜にすることもできるんだよな。そのあたりは将棋に近い。
「どちらが相手に従うか。それをアルカン戦略盤の勝敗で決める……ってことか」
「フ……そういうことだ」
レイナが腕を組み、不敵な笑みを浮かべる。
このオーラ……こいつ、できるな。
俺の、元ボードゲーム部の血が騒ぐぜ……!
「しかし、アルカン戦略盤は帝国発祥の遊戯だ。幼い頃からこれに触れていた私と、帝国人ではない貴君が同じ条件で戦うのは分が悪いだろう。ここはハンデとして……」
「いや、ハンデはいらない」
俺が食い気味に言うと、レイナはその金眼をギラリと光らせ、前のめりになった。
「フフ……! 随分と腕前に自信があるようだな。帝国人、しかも私を相手にハンデなしは無謀だが……なに、一戦目の勝ち負けは無効にしてやろう。実力の差を教えてやる。ハンデはそれから決めればいい」
「ふっ……」
俺は小さく笑って、前かがみになりながら言った。
「一戦と言わず、何戦かは無効にしてくれ」
「む……? なぜだ?」
「アルカン戦略盤は初めてやるからな。駒の動きと、ゲームの流れを知りたいんだ」
レイナがその場で崩れ落ちるようにずっこけた。