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第37話 ドゥームエンド

 レイナはずっこけた後、すぐに立ち上がって怒ってきた。


「紛らわしい振る舞いをするな! 何が『いや、ハンデはいらない』だ!

 やったことがないならやったことがないと言え!」


「やったことない」


「遅い!!」


 ツッコミが速い。そしてノリがいい。


「まあそれはともかくとして、早くやろうぜ、アルカン戦略盤。あ、やる前に一通り駒の動きをザッと教えてくれ。すぐ完璧には覚えられないかもだけど、あとはやりながら覚えるから」


「くっ……こいつ……」


 レイナは怒っても無駄なことを悟ったのか、ソファに座って息を落ち着かせると、眉間を指で摘みながら淡々と話し始めた。


「言っておくが、ケイ。アルカン戦略盤は複雑だ。やったことがないのであれば、他の勝負方法にした方がいい。一戦や二戦やったぐらいでは、たとえ最大限にハンデをつけたとしても勝負にならん」


「大丈夫だって。似たような盤上遊戯は結構やったことあるし。多分いける」


 前世でも中学まで将棋しかやったことなくて、チェスをやり始めたのはボードゲーム部に入ってからだけど、割とすぐに慣れた覚えがあるし。よほど特殊なルールとかがなければ、こういったボードゲームの本質は同じだろう。

 むしろ前世で数多の猛者たちに揉まれてきた俺が強すぎちゃって、逆に手加減しなくちゃいけないかもしれない。なんちゃって。


「ハァ……わかった。ならお望み通り、簡単に基本を説明してやる。いいか、この最後部中心にある駒がアルカンだ。これは最強の駒であり将軍だが、将軍なので取られたら負けだ」


「へぇ、王じゃなくて将軍なんだ」


「当然だろう。これは盤を戦場に見立てた遊戯だ。戦場に王は出ない」


「なるほど」


「それでアルカンの隣から左右順番にアークセントリー、ウォーロック、ウィザード、スペルキャスターと2駒ずつ並び、前衛にスペルナイトが8駒並ぶのだが——」


 レイナが駒の名称や配置、駒の動き方などを順番に教えてくれる。


「——このように、ウォーロックは倒した敵を自分の駒にする能力を持つが、敵のアークセントリーだけは自分の駒にできない」


「……うん」


「そしてアークセントリーはウォーロックの攻撃範囲に入っても1ターンだけ無敵であり、倒されない。なおかつ盤上の端にいても、アルカンの周囲1マス以内なら間にある駒を飛び越えて駆けつけることができる。ただし駆けつける際は敵に攻撃できず、移動も縦横の直線状だけで、斜めはダメだ」


「…………うん」


「しかしそれにも例外があって、アークセントリーが駆けつけるアルカンの直線状に覚醒したスペルナイトがいると——」


 レイナが説明を始めて十数分後。


「——このように、自分のアルカンが移動できる全方向に敵のアルカンを除く全種類の敵駒が揃っており、なおかつその駒を取ったら負けてしまう状態で、周囲の近接マスに自分のアークセントリーがいない場合をデスペラード状態という。こうなると、アルカンは自分の周囲2マス以内にいる自分の駒を犠牲にして、その犠牲になった駒がいた場所に移動し、周囲3マス以内にいる敵味方すべてを倒すアークデッド・バーストを行うことができる。ただ、アークデッド・バーストを行うと魔力が尽き、以降は全方位に1マスしか動けなくなり、2ターンごとに使えていた遠距離魔法も使用できなくなる。あとアークデッド・バーストで敵のアルカンを倒すことはできない」


「………………………………」


「さて……簡単に基本を説明すると、こんなものか。他にも特定条件下におけるルールは多数あるが、それはそうなりそうなときに説明すればいいだろう。最初から全部説明していたら日が暮れるからな」


「………………………………」


「む……そういえば、今日はすでに日が暮れていたか。貴君、夜の予定は……いや、もし予定があったとしても私にここまで説明させたのだ。最低でも一戦ぐらいはせねば気が済まん。……おいケイ、聞いているのか?」


「…………あ、説明終わった?」


 あまりにも説明が長すぎてトリップしてた。


 アルカン戦略盤、かなりヤバい。ルール多すぎ。複雑すぎ。

 説明で十数分以上かかるって異常だろ。しかも基本ルールだけで。


「先ほどそう言っただろう。もしや、説明自体を聞いていなかったんじゃないだろうな」


「まさか。集中しすぎて戻ってくるのに時間が掛かっただけだよ。じゃあ早速やろうか。俺が先手……白でいい?」


「フ……いいぞ。どれだけやれるか見ものだな」


 レイナがニヤニヤしながら酒のグラスを傾けて飲む。

 確かにアルカン戦略盤は彼女が忠告した通り、独自のルールが多く複雑だ。

 初めのうちはまともにプレイすることすら難しいかもしれない。

 でも——それ以上に、楽しそうだ。



 〇



 数十分後。


「ドゥームエンド」


 レイナがチェスでいう『チェックメイト』に該当する言葉を口にしながら、自分のスペルキャスターで二回、盤上を軽く叩く。すると彼女が持つ黒いスペルキャスターから小さな炎が放たれ、2マス先にいる俺の白いアルカンに当たった。白いアルカンは倒れ、微かな光を帯びていたアルカン戦略盤が輝きを失う。


「あぁ……負けました」


「14手前で強引にこちらのウォーロックを取りにきたのが失敗だったな。確かにウォーロックは強力な駒だが、そこに意識を割きすぎるとこうなる。あれはこの場面に持っていくため、あえて取らせたのだ。あれを取った時点でこの結末は決まっていた。読みが浅かったな」


 レイナがドヤ顔で腕を組む。

 こちらがまだアルカン戦略盤に慣れていないというのもあるが……彼女は純粋に強い。読みが深くて、実力の底がまったくわからない。

 これはアルカン戦略盤に慣れたとしても、前世無双はできそうにないな。

 本気で無双できると思っていたわけではないが、少しだけ残念だ。


 しかし、それ以上にアルカン戦略盤が楽しい。

 始める前は知らなかったが、アルカン戦略盤にはそれ自体に魔法が掛かっており、さっきみたく特定の動作で魔法の演出が発動するのだ。これが非常に凝っていて、何度見ても飽きない。

 最初にアルカン戦略盤を見かけたときはあまり深く考えていなかったが、なるほど、魔法関連の店に売っているのも納得だ。リリアがキレそうだったのもの納得。メチャクチャ値段高そう。

 ちなみに魔法は見た目だけで、たとえば炎が出ていても実際に熱くはないため、近くにいても安全である。


「レイナ、もう一戦! もう一戦やろう!」


「それは構わんが……ハンデはどうする?」


「ハンデはなしで!」


 俺が即答すると、レイナは少し間を置いた後、やや訝しげな表情で言った。


「私としては構わんが……いいのか? 対戦前は『最大限にハンデをつけたとしても勝負にならん』とは言ったが……貴君は思いのほか飲み込みが早い。それに似たような盤上遊戯の経験があると言うだけのことはあって、アルカン戦略盤の本質を捉えている。ハンデの内容によっては、貴君に分がある勝負になると思うが……」


「そりゃ、勝つのと負けるのだったら、勝つ方がいいに決まってるけど……でも、お互い全部の駒が揃っている状態でやった方が絶対に楽しいじゃん」


 アルカン戦略盤は多彩な魔法の演出もあるから尚更だ。


「しかし、負けた方が勝った方に従うことになるが、いいのか?」


「え? そんな話だったっけ?」


 確か帝国の地に立つならば、帝国の掟に従え~みたいなことはレイナが言ってた気がするけど、勝ったらどうとか、負けたらどうとかっていう話は具体的に聞いてなかった気がする。


「まあでもそれでいいや、負けたら従うで。その代わり何戦かアルカン戦略盤に付き合ってくれよ」


「む……それは……」


「ん? あれ、ダメだった? さすがに時間が遅すぎるとか?」


「いや、そういうわけではないが……」


 珍しく歯切れが悪いレイナはなぜか、チラリとクラリスさんに視線を向けた。それを受けてクラリスさんは無表情のまま静かに目を閉じ、ゆっくりと頷いた。


「む、むぅ……」


「主様、ご決断を」


「……これも定め、か」


 レイナは小さく笑って、グラスの酒を飲み干した。


「いいだろう……何戦でも、付き合ってやるさ」

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