レイナとアルカン戦略盤をやり始めて、数時間後。
「ドゥームエンド」
「あぁ……ダメだったか。負けました」
「よし。では飲め」
「いただきます」
グラスに入った酒を飲み干して、クラリスさんにおかわりをもらう。
途中でクラリスさんに作ってもらった軽食をつまみつつ、もう数え切れないほどグラスを空にしているが、酒は未だに美味しい。
「貴君、どれだけ飲むのだ……本当に人間か?」
「だってそっちが飲めって言うから」
結局、『アルカン戦略盤の敗者は勝者に従う』という話は、レイナの案で『負けたら今ある酒を飲み干す』ということになった。
そしてレイナとアルカン戦略盤を始めて10戦以上、一度も勝てていない関係で、俺は対戦が終わるたびに酒を飲み干している。
「あのな……だからといって、素直に飲み続けるやつがいるか。まともな人間であれば途中で断るぞ。というより、常人であれば今ごろ意識不明だ」
「ん……かもなぁ」
新しく注いでもらったお酒をグイッと飲んでから返事をする。
どうやらこの身体は前世の巨体よりも酒が強いらしい。それに加えて、加護の治癒能力向上でアルコールが飲んだ端から分解されてる気配すらある。でないとこれだけ飲んでもほろ酔い程度で収まっている説明がつかない。
「バカ者。これだけ飲んでいて更に追加で飲むな。転生者の限界を見てやろうと思ったが、もういい。クラリス、解毒だ」
「かしこまりました」
「解毒?」
首を傾げている俺の横にクラリスさんが立ったのを見て、レイナが頷く。
「身体に回った酒の毒を消す魔法があるのだ。それを今からクラリスに掛けさせる。無自覚なままで突然死されてはかなわんからな」
「突然死って……俺、そこまで酔ってないんだけど」
「酔っ払いは皆そう言う」
それはそう。
でも、俺はマジでそこまで酔ってない。
……と、そんなことを考えている間に、クラリスさんが俺の上着を捲り上げた。それから両手でこちらの胸を撫でるように触り始める。もちろん素手で、素肌を直に。
「あ、あの……?」
く、クラリスさん……?
ちょっと、触り方がなんか……いやらしいんですが。
まあ十中八九、治療に必要な行為で、俺が過剰反応しているだけなんだろうけどさ。
「クラリス、お前……」
「いかがなさいましたか、主様」
「……いや、なんでもない。続けろ」
そう言ったレイナは目をギラギラさせて、こちらをガン見している。
え、なんだ今のやりとり……すごい気になるんだけど。
レイナの異様な視線にドギマギしていると、胸のあたりがじんわりと温かくなってきた。下を見ると、クラリスさんの手が仄かに発光している。
いつの間に魔法を……と思ったら、クラリスさんはブツブツと呪文らしきものを詠唱していた。小さい声なので気が付かなかったようだ。
「終わりました」
「お、おお……すごい」
今までフワフワしていた頭がスッキリして、身体のだるい感覚も綺麗さっぱりなくなってる。気分爽快って感じだ。解毒魔法、超便利だな。
「どうだ? 酔いは覚めたか」
「バッチリ。これで無限に飲めるな」
「まだ飲むのか……?」
「冗談だよ」
負けたら今ある酒を飲み干す、という話になった際に『帝国は酒が水代わりだから、いくらでも飲め』とレイナに言われはしたものの、さすがにこれ以上は行儀が悪すぎるだろう。というかこのままだと館の酒をすべて飲み干してしまいそうだ。
「フッ……言うではないか。まあ、夜通し酒を飲み交わすのも帝国流ではあるが、いかんせん今日は貴君に飲ませすぎたからな。解毒したとはいえ、様子は見た方が良いだろう。そもそも、帝国において男女の見合いは本来、酒を飲み交わすようなものではない」
「ああ、そうなんだ。そんな気はしてたけど。……あ、そうだ、忘れてた」
「ん? なんだ?」
「俺の魔眼問題についてさ、レイナが『可能なら協力する』って言ってくれてたじゃん。あれって結局どうなったんだっけ?」
その直後にした転生者うんぬんの話題が強すぎてすっかり忘れていたが、よくよく考えると割と重要な話だ。
「それか。残念だが、貴君の魔眼問題については婆が関与しなければ解決できんだろう」
「あー……やっぱりそうか」
「半ば強制でここに来させた挙句、期待させるだけさせておいて、すまんな」
「いやいや一応、念のために聞いておいただけだから。このままいけば大婆様に協力してもらえる予定だし。むしろ美味しいお酒と軽食とか、アルカン戦略盤とか、メッチャ楽しませてもらったから、来てよかったよ」
それに最初の方こそ、こちらを試しているような態度や言動だったり、酒に酔ってのだる絡みだったりで、多少面倒なところがあったレイナだが、アルカン戦略盤をやり始めてからはすっかりそういうのもなくなった。
俺の気のせいじゃなければ、アルカン戦略盤を通じてお互いの知性というか、考える力を深く知り、リスペクトし合った結果なのだと思う。
少なくとも、俺は彼女を尊敬している。
「楽しませてもらった、か。……貴君としてはやはり、今も私と結婚する気はないか?」
「レイナとっていうか……魔眼の問題を解決するまでは、そういうことを考えてられないっていうのが大きいかな」
あと、結婚うんぬんの前に、俺の場合はまず彼女を作ることが先決だろう。
初手いきなり結婚とかハードル高すぎて怖いわ。
「そうか……」
「でも、レイナも俺はお眼鏡に適わないんだろ?」
「…………」
レイナが目を伏せ、黙って口元を拳で押さえる。
……あれ、『まあな』とか即答されるかと思ったけど、なんか思ってた反応と違うな。
「……クラリス、私にも解毒魔法を掛けてくれ」
「恐れながら主様、それは控えた方がよろしいかと」
「くっ……お前……」
レイナがクラリスさんを睨みつける。
だがクラリスさんはその視線を涼しい顔で受け流していた。
なんの話だろう……?
なんだか二人の間では会話になっているというか、お互い意味が理解できていそうな雰囲気だが、俺から見ている限りではどういう意図があるのかよくわからない。
そんな二人のやりとりを疑問に思ていると、レイナは何かを観念したかのように大きくため息をついた。
「ハァ……まあ、確かにこんなことは酒に酔ってでもいなければ、言えんか……」
「主様、ご武運を」
「うむ……」
レイナは赤く染まった頬を自分の両手で叩き、更に赤くしてから、真剣な表情で言った。
「ケイ。魔眼の問題が解決したら、私と……結婚しないか」
「え……?」
……なんで?
「貴君の言いたいことはわかる。あれだけ偉そうに貴君のダメなところを挙げておいて、今さら求婚など片腹痛いと言いたいのだろう」
「い、いや、そんなことはないけど……純粋になんでかなって。だって今レイナが言ったように、顔がダメとか話が面白くないとか、いける要素なかったし」
「それらがあっても良いと思えるほど、貴君が他と比べてマシ……じゃなくて、良い男だと感じたのだ」
「今マシって言った?」
ちょっと正直すぎやしないか?
あと、顔がダメとか話が面白くないとかは否定しないんだな。
地味に傷つく。話が面白くないは特に傷つく。
ダジャレで死ぬほど笑い転げるチョロインのくせに、なんで面白い話に関してはハードル高いんだよ。逆であれよ、逆で。
「すまん、失言した。だが、今まで何十人と見合いをしてきた中で、貴君以上に好ましく思える男がいなかったことは事実だ。若く、誠実で、酒に強く、柔軟で、だが気概があり軟弱ではない……中々どうして、稀有な男だ」
「え……そ、そうかな?」
「ああ。特に、アルカン戦略盤の強さがちょうどいい。私に迫るほどには強く、しかし一生追いつけないほどには弱いという絶妙な強さだ」
「おい」
きっちり上げてから下げるな。
あと一生追いつけないとか言うなよ。マジでそうかもとか思っちゃうだろ。
「それに、どっちにしろアルカン戦略盤を10戦やったら、こちらから……」
「主様」
「む……そうだな。これは、言わなくていいことだ」
レイナはクラリスさんに呼ばれて言葉を止め、ブツブツと呟きながら俯いた。
「ちょっと待った。もしかしてそれって、『アルカン戦略盤を10戦やったら、こちらから結婚を申し出る』的なことが決まってたってこと?」
「むっ……!」
レイナがクラリスさんをチラリと見る。それを受けてクラリスさんは目をつぶり、小さく首を左右に振った。
「……言い当てられてしまっては、認めざるを得ないな。貴君の言う通りだ。あまりにも見合いで理想を求めすぎる私に、クラリスが半ば無理やり約束させたルールだ」
レイナはそう言って肩をすくめながら、大きくため息をついた。
なるほど、だから俺が『何戦かアルカン戦略盤に付き合ってくれ』って言ったとき、妙なやりとりをしてたのか。
それはそれとして、レイナ……さっきからクラリスさんに頼りすぎだろ。
チラチラ見すぎだし、クラリスさんの反応を求めすぎて、もはや主従関係がよくわからないレベルだぞ。それだけの信頼関係があるということなんだろうけど。
「…………ケイ」
レイナは何度かクラリスさんを見て、そのたびに無言の頷きや首振りで何かしらの意思疎通をした後、意を決したように言った。
「返事を聞かせてくれ」
「悪いけど……」
「知ってた!!」
レイナが食い気味に声を張り上げ、ソファの肘掛けに向かって倒れ込む。
「そうだ、ケイみたいな男が私を選ぶはずがない……こんな偉そうで、かわいげがなくて、酒カスで、アルカン戦略盤ばっかやってるような、ダメ女……」
「えぇ……」
いきなり情緒不安定すぎだろ。酔ってるの?
……あ、そういえば酔ってるわ。割と受け答えもしっかりしてたから、あんまりそういう風には見えなかったけど。普通だったらぶっ倒れるぐらい結構な量の酒、飲んでるわ。