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第39話 サムズアップ

 プロポーズを断ったら突然、自虐モードに入ったレイナを見ながら考える。


 うーん、でも……アルカン戦略盤ばっかやってる女、俺は大好きだけどな。

 なんならレイナとの結婚生活、メッチャ楽しそうだし。

 休日に酒飲みながらアルカン戦略盤……最高じゃん。

 本人はともかく、俺自身はレイナとの会話も楽しかったからな。


 ただ話がややこしくなるし、楽しそうと思う以上に初手いきなり結婚が怖すぎるから、絶対に大好きとか言わないけど。俺の現状は結婚とか言ってる場合じゃないし。

 っていうか普通のお見合いでも、出会った初日に結婚とか決めないでしょ、多分。お見合いしたことないから知らないけどさ。少なくとも俺は絶対、初日には決めない。


「私はもう、生涯独身だろうな……そういう運命なのだろう。ハァ……」


「主様、諦めないでください」


 クラリスさんがレイナに近寄り、励ましの声を掛ける。


「無茶を言うな……諦めないでも何も、結婚は一人でするものじゃない。相手にその気がないのなら、諦めるほかないだろう」


 レイナが顔を上げて、涙目になりながらも正論を言う。

 かなり強引なところがある性格だと思っていたが、どうやらそういう部分は真っ当な感性らしい。


「主様が普通の人間であれば、諦めるほかないでしょう。しかし、主様は普通の人間ではありません」


「よせ……今は私的な時間で、見合いは仕事じゃない。あれだけ仕事を頑張ったのだから、結婚相手ぐらいは自由にさせてもらう約束だろう。万が一の場合、代わりとなる血族は他にもいる」


「私的な時間だろうと、公的な時間だろうと、関係ありません」


 クラリスさんがレイナの頬にそっと手を添え、その涙を拭う。


「貴女の上に人はいない。貴女の前に道はない。貴女が進んだその跡が、民を導く道となる。故に、貴女が望んだ物は、欲した者は、すべて手に入れなければならないのです。どんな形であろうと貴女が折れる姿を、民は望みません」


「そんなことは、わかっている……相手が普通の男であれば、私だって折れる気はなかった。私の力で無理やりにでもモノにしたさ。でも、ケイは……」


 レイナが俯いた瞬間、目にも留まらぬ速さでクラリスさんの右手が振るわれた。レイナはバシッ! とかなり強めの音を立てて頬をビンタされ、目を丸くしてクラリスさんを見上げる。


「立ち上がりなさい、テオドラ。ダリスティアの名に懸けて」


「……その名を呼んで私に手を上げるとは、どういうつもりだクラリス。一線を越えているぞ。まさか、今さら半分だけ繋がった血を根拠に、姉貴面するつもりではあるまいな。自ら私に仕えると決めたお前が」


「とんでもございません。これは一従者として、わたくしの命を懸けた忠言でございます」


「…………そうか」


 レイナはゆっくり立ち上がると、拳を握った。

 そして拳を含めた腕全体に眩い黄金の光を纏わせると、クラリスさんの腹に下から弧を描くようなアッパー気味のフックを放った。

 直後、パンッ! という乾いた音と共にクラリスさんの背中からレイナの拳が突き出る。


「その覚悟に免じて、余に手を上げた罪はこれで手打ちとする」


 レイナがそう言って腕を引き抜くと、クラリスさんはその場に崩れ落ちて倒れた。


「クラリスさん!?」


 俺が駆けつけると、クラリスさんは穴が開いた自分の腹に右手を当てながら、左手のひらをこちらに向けた。


「お気に……なさら、ず……」


 クラリスさんの右手が強く輝き、みるみるうちに彼女の腹に空いた穴が塞がっていく。どうやら彼女は解毒だけじゃなく、回復魔法も使えたようだ。しかも相当な腕前らしい。

 レイナもそれをわかっていて、身体に穴が開くような腹パンをしたのだろう。そんなパンチができること自体に驚きだが、しかし、これは……。


「レイナ……いくら何でもこれは、やりすぎじゃないか?」


「私的な時間であれば、そうだな。しかし、先ほどクラリスに名を呼ばれた瞬間から、私的な時間は終わった」


 レイナが指を鳴らすと、彼女のドレスが白く輝き、閃光を放った。

 その眩しさに思わず目を閉じる。


「すでに貴君……いや、そなたも察しているだろうが、『レイナ』はもう終わりだ。余の名はテオドラ・ヴァティス・レイナ・ダリスティア。このダリスティア帝国を治める皇帝である」


 再び目を開けると、そこには金と赤を基調にした軽鎧けいがいを身に着けたレイナ……本人曰く、『皇帝』テオドラがいた。


「……なんでこんなところに皇帝が?」


「そなたも知っての通り、婆の手配だが」


「それはそうだけど……どう考えても俺じゃ、帝国の皇帝陛下とは釣り合わないだろ」


 確かに転生者で魅了の魔眼があり、女神様の加護もあるから能力的には稀有なのかもしれないが、それにしたって大陸一の帝国を治める女帝と釣り合うかと言われたら疑問だ。


「簡単な話だ。こういうことだよ」


 テオドラが両目を閉じる。次の瞬間、背中がぞわっとするような、生物として本能的な恐怖を掻き立てられる気配がした。そしてテオドラがゆっくりと目を開くと、その二つの金眼は微かに赤い光を帯びていた。

 彼女の目から感じる、形容しがたい異様な力……これは、まさか。


「魔眼……なのか?」


「そういうことだ。余の目は『支配』の魔眼。常人ならば、目を合わせた者すべてを従える。大陸中の戦を止め、安寧をもたらしたのも、この力によるものだ。しかし……ふん、やはり、そなたには効き目がないらしいな」


「俺には効き目がない? どういうことだ?」


「そなたの魔眼対策として、婆が余とクラリスに防御魔法を掛けたと言っていただろう? しかし、余はそんなものを掛けられた覚えはなかったからな。にもかかわらず、そなたの常時発動している魔眼が余に効かぬ、となれば……魔眼持ち同士は、互いに魔眼の効き目がないのだろうと推測できる」


 テオドラはそう言いながらこちらに近寄り、腕一本分ほどの距離で止まった。彼女は俺とほぼ同じぐらいの身長であるため、お互い真っ直ぐに見つめ合う形になる。


「婆はそなたに支配の魔眼が効かんと、知っていたのだろう。しかも、恐らくはその魔眼……初代皇帝、ダリスティアが持っていたものと同じ。フッ……そう考えるとつくづく、余の伴侶に相応しい男よ」


「俺の魔眼が……初代皇帝と同じ?」


 それを聞いてふと、転生時に女神様が言っていた『そういえば魔眼は余っている在庫があったな』という言葉を思い出した。

 ……え、この魔眼、使い回しだったの?


「ってことは、初代皇帝も俺と同じ転生者?」


「そう聞いている。初代は婆の妹で、二人は姉妹揃って転生したそうでな。初代は魅了の魔眼を、婆は不老不死を転生時に特典として貰ったらしい」


「マジか……」


 大婆様も転生者だったのか。

 可能性としては十分ありえると思っていたけど、改めてそう聞くと色々と気になってくるな。

 転生者関連の話はどんな風に受け止められるかわからなかったから、魔眼の問題が解決してから聞こうと思っていたが……もしかしたら先に聞いておけば良かったかもしれない。


 そういえば、大婆様が俺の目を見て話してたとき『懐かしいのぉ』とか言ってたけど……あれってつまり、あの時点でこの魔眼が自分の妹と同じものだと知っていたからなのか。


「ただ、初代が魔眼持ちだったとはいえ、歴代の皇帝に初代のような魔眼が発現することは今までなかったという。つまり能力に違いはあれど、初代と同じ魔眼が発現したのは余だけだ。フフ……余がそなたに運命を感じる、と言った理由が理解できたか?」


「……そういえば、魔眼とか転生者の話って国家機密なんじゃなかったっけ?」


「そうだな。そもそも余が支配の魔眼持ちであること自体、帝国内でも限られた人間しか知らん。だが問題はない。余は国家、帝国そのものだ。そして、そなたは余の夫になるのだから」


 テオドラはそう言いながら左腕を伸ばし、俺の顎を親指と人差し指で摘まんだ。


「ケイ、改めて言うぞ。余のモノになれ」


「……光栄ですが、陛下。謹んで辞退させていただきます」


 本人曰く、今は『皇帝』とのことなので一応、胸に手を当てる正式な礼をしながら丁寧にお断りする。すると、テオドラは腕を下げて首を傾げた。


「なぜだ? 理由を述べよ」


「魔眼の問題が解決したとしても、今は結婚というものを考えられる余裕がありません。あとそれとは別件で、気になっている女性がいます」


「そなたが結婚を考える必要はない。皇帝である余がそなたを求めるのだから、そなたはその求めに応じれば良いだけだ。あと気になっている女は、気にするな」


「それもう俺に理由を聞く意味なくない?」


 言ってることが実質、『余に従え』じゃん。どこの王様だよ。

 ……あ、帝国の皇帝様か。愚問だったわ。


「意味がないことはないだろう。これから夫婦になろうとする二人だぞ。意思疎通は大事だ。たとえ常に余の意思が優先されるとしてもな」


「それって常に俺の意思は蔑ろにされるってことだろ。そんな結婚生活、嫌なんだけど」


「テオドラとして接するときは、そうだろうな。しかし、それは公的な時間に限る。私的な時間ではレイナとして、最大限そなたの意思を尊重しよう。そなたが望むのならば、メイドの格好をしてご奉仕してやってもいい」


「ご、ご奉仕……?」


「ああ。……男はそういうのが、好きなのだろう?」


 テオドラが目を伏せて、恥ずかしそうに言う。

 その頬は赤く染まっていた。


 なぜ恥ずかしそうなんだ。

 ご奉仕って、いったいどんなご奉仕なんだ。

 というか、男はそういうのが好きって……だいぶ偏った知識だぞ。

 どこからそんな知識を仕入れたんだ?


 そう思っていると、テオドラの後方で倒れているクラリスさんが無表情のまま右拳をこちらに向け、グッと親指を立てた。

 アンタか……皇帝陛下にこんな偏った知識を教えたのは。


 俺は心の中でクラリスさんにサムズアップした。

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