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第40話 王道

 普段は偉そうな皇帝陛下がメイドでご奉仕とか……クラリスさん、アンタすごいよ。やっぱ本職は違うな。いくら親しい間柄でも、普通そんなこと教え込めない。尊敬する。さすがだ。さすクラ。さすリス。


 …………って、いや、俺は何を考えてるんだ?

 予想外の方向から攻められて頭が混乱してた。話を戻さねば。


「と、とにかく、結婚とかは考えられないから。皇帝の夫って多分、立場的に帝国関係の仕事とかも色々あるんだろ? 俺、育ちがいいわけじゃないから、そんなの務まらないよ」


「そんなことは気にしないでいい。ここ数年で帝国は余がいなくとも回るように作り変えた。つまり皇帝すら不在でも帝国は問題ないのだ。なれば当然、皇帝の夫が仕事をしなくとも帝国は回る。だからそなたは働かなくていい」


「ワァオ……」


 皇帝陛下、有能すぎ……働かなくていいとか、マジか?

 ……………………いやいやいや、想像したけどダメ人間になりそう。

 それにシルヴィやリリアのことはどうする。


「悪いけど、それでも……」


「くっ……そなたは本当に我儘だな。余よりも我儘な人間など初めて見たぞ」


「えぇ……?」


 そんなことある?

 今のやりとりで我儘とか言われるのは納得できないぞ。


 あー……でも、これまで支配の魔眼で誰もが言うことを聞いてたような環境だったら、わからなくもないか。

 むしろ、そんな環境だったとしたら割とまともに育った方かもしれない。

 大婆様だけは魔眼で支配できないだろうから、大婆様のお陰かも。


「余だけでは埒が明かんか……仕方がない。婆よ、どうせ見ているのだろう。こい。……婆!」


 テオドラが叫ぶと、部屋の端にあったクローゼットからゴトゴトと音がした。それからクローゼットの折れ戸が開き、中からピンク髪の黒いローブを纏った幼女が出てくる。

 ……大婆様、そんなところで見てたのか。


「なんじゃ、どうした?」


「余の夫にすると決めたケイが、言うことを聞かん。どうすればいい」


「ふむ、そうじゃの……ケイよ、魔眼の問題を解決してほしくば、テオドラと結婚せい」


「はぁ!?」


 予想外の要求に思わず大きな声が出た。

 そんなのありか?


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。大婆様との交換条件は『お見合いすること』自体だったはずですよね? 結果は期待してないって話だったじゃないですか」


「何を言う。テオドラと同じ魔眼持ち、しかもワシと同じ転生者で加護持ち、かつ若くて顔も良く、見知らぬ幼女にも優しくできる器の大きさ、自前の魔眼を悪用しないどころか魅了に掛かったおなごを娶ろうとする責任感の強さ……普通に考えて期待するに決まっとるじゃろ」


「そんな、開き直られても……約束と違うじゃないですか」


「かわいい妹の血族が、行き遅れようとしているんじゃぞ? 約束なんぞ知るか」


「うわぁ……」


 ただでさえ生殺与奪の権利を握ってるような人にそんなこと言われたら、もうどうしようもないじゃん……もしかしてこれ詰んでる?


「婆、それはダメだ。余のためとはいえ、約束を違えるのは邪道。王道を進むダリスティア帝国皇帝に相応しくない」


 テオドラは腕を組み、真剣な表情で言った。

 おぉ……さすが、大陸一の皇帝陛下は言うことが違う。

 かっこいいよ、テオドラ。俺、男だけど胸キュンした。


「相変わらず我儘じゃの……なら、拘束して言うことを聞くまで監禁じゃな」


「む……やはり、それしかないか」


「王道はどうした!?」


 俺の胸キュンを返せ!

 拘束とか監禁とか、普通に邪道だし犯罪だろ!


「ん? 力を以て人を制すは王道だが……」


「いやそれ覇道だから!」


「ハドウ? 聞いたことがないな……婆、知っているか?」


「知らんのぉ……」


「なんで大体は言葉通じるのに、そういうとこに限って通じないんだよ……」


 ガックリして項垂れていると、テオドラは俺の肩に手を置きながら優しく微笑んだ。


「国が違うだけで文化は変わるのだ。違う世界の生まれともなれば、そういうこともあるだろう。なに、いくらでも話し合えばいい。これからは夫婦なのだ。続きは余の部屋で聞こう」


「なんか慰める振りして、さり気なく拉致しようとしないでくれます……?」


「そなたが抵抗しなければ、拉致にはならないぞ?」


「…………」


 ダメだ……話にならない。テオドラが強引すぎて折れそうにない。

 でも抵抗したところで、そう簡単に逃がしてくれそうにないんだよな……どうしたもんかこれ。

 そう悩んでいると、大婆様が口に手を当てて眠そうに大きなあくびをした。


「ふわぁ……もう夜も遅い時間じゃし、眠くなってきたわ。二人とも転移魔法で送ってやるから、あとはテオドラだけでなんとかせい」


「わかった」


「っ……!?」


 マズい、と思い即座にこの場から離れようとする……が、足が動かない。

 何事かと下を見ると、両足に光の輪みたいなものが嵌っていた。


「いつの間に……!」


「こらこら、逃げようとするでない。……ん、何やら魔法抵抗があるの。なんじゃ?」


 大婆様がトコトコ歩いてこちらに近寄ったかと思うと、その場でスゥ……と風船のように浮かび上がった。そして俺と同じ目線で止まり、こちらの胸あたりをペタペタと触り始める。


「ちょ、ちょっと何してるんですか?」


「おぬし、抗呪のペンダントを身に着けておるな」


 大婆様の言葉を聞いて、そういえばシルヴィから星形のペンダントを渡されていたことを思い出す。


「これは……ワシの流派か。まあ元の教えが良いからのぉ、悪くない代物じゃが……ふむ、まだ甘いところがある。ミリアではなく、リリアが作ったものか」


「……だったら、なんです?」


「こちらに渡せ。たった今ワシの拘束魔法が掛かったように、それがあってもおぬしを転移で飛ばすことなぞ造作もないが、転移魔法は超高度なだけあって複雑じゃ。少しの魔法抵抗でも事故が起きかねん。そして転移魔法は事故が起きると命に関わる。だから渡せ」


 大婆様がそう言いながらペンダントに手を伸ばしてくる。

 だがそれを黙って見ているわけもなく、俺は彼女の腕を掴んで止めた。


「飛ばさなければいいじゃないですか」


「無駄な抵抗を……テオドラ、こやつの手を止めておいておくれ」


「む、わかった」


 今まで静観していたテオドラがこちらに近寄り、俺を後ろから羽交い締めにしてくる。振り解こうとするがビクともしない。

 俺、加護でかなり怪力になってるはずなんだけど……テオドラ強すぎ。


「テオドラ……見損なったよ。『約束を違えるのは邪道』って言ってたときは、いい女だと思ってたのに」


「それは残念だ。しかし問題ない。すぐにいい女だと思うようにしてやる。余がいなければ生きていけないと思うほどにな」


 テオドラが耳元で囁いてくる。

 いったい何をするつもりなんだ……怖すぎる。


 というか、俺はどこで選択肢を間違えたんだ?

 このままだと監禁バッドエンドで終わってしまう。

 これが見ず知らずの暴漢とかなら後頭部で頭突きとかするところだが、テオドラ相手だとそんなことをする気にもならない。

 もう他に手はないのか……? と、そう考えていたその時。

 大婆様がその手をピタリと止め、眉をひそめて唸り始めた。


「むむ……テオドラよ、少し面倒なことになりそうじゃ」


「ん? なぜだ?」


「ワシの血族がきた」


 大婆様がそう言った直後、俺たちから少し離れた床に白く輝く魔法陣が展開した。それから間髪入れずに魔法陣が眩い光を放ち、一瞬で光のシルエットが三つ現れる。


「あら……やっぱり、イケないことしてたみたい」


「ケイさん!? 何があったんですか!?」


「ケイ、まさか……浮気!?」


 光のシルエットはミリアさん、リリア、シルヴィとなり、その下にあった魔法陣が消える。

 彼女たちを見た大婆様は空中に浮かぶのをやめ、床に足をつけて腕を組んだ。


「ミリアよ……おぬしには事情を話してあったはず。なぜ、ここにリリアたちを連れてきた?」


「わたしも連れてくる気はなかったんですけど……でも、リリアちゃんが作ったペンダントの抗呪が発動したみたいなので。ねぇ、リリアちゃん?」


「はい。抗呪が発動したら私に伝わるように作っておいて正解でした。魔法を防ぐことはできなかったみたいですが、ケイさんの足にある光の輪……それ、大婆様の拘束魔法ですよね?」


「だとしたらなんじゃ?」


「なぜ大婆様がそんなことをしているのかは知りませんが、それはケイさんの同意を得ているようには見えません。ケイさんを解放してください。もちろん、ケイさんの後ろにいるそちらの方も」


 リリアが俺の背後にいるテオドラを睨みつける。

 するとテオドラは小さく笑ってから、俺の羽交い締めを解いた。


「見知らぬ小娘に指図される覚えはないが……ちょうど体勢を変えたかったところだ。これでよいか?」


「ありがとうございます……って、何をやってるんです!?」


「見てわからぬか?」


 テオドラが俺の左腕に抱き着くような形で、もたれかかってくる。


「腕を組んでいる」


「な、ななな……なぜです?」


「や、やっぱり浮気だ……浮気だった!」


 リリアが動揺しながら問いかける横で、シルヴィは謎に浮気だと決めつけていた。


「なぜって、夫だからだが……浮気だと? なんだケイ、結婚はしておらずとも、すでに女はいたのか」


「いや、あれは勝手にそう言っているだけで……」


「ああ……なるほど。あれが婆の言っていた、ケイが娶ろうとしている女か。ふむ……」


 テオドラは目を細めてシルヴィをジッと見つめ始めた。

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