「う……な、何よ……」
「ふむ……まあ、いいだろう。第二夫人として娶ることを許す」
「なっ……」
シルヴィは目を見開いた後、わなわなと震えながらテオドラを指差した。
「なんであんたにそんなこと許可されなきゃいけないのよ!?」
「余が第一夫人だからだ。そなたの国ではどうか知らんが、ダリスティア帝国では第一夫人の許可がなければ、夫は第二夫人以降を娶ることはできん」
「そんなの、あたしたちのところも同じだから! あたしが言ってるのはそういうことじゃない!」
「ではどういうことだ?」
テオドラが首を傾げると、シルヴィは隣にいるリリアの肩をガシッと掴み、前に押し出した。リリアは「え?」と困惑している。
「なんでポッと出のあんたが第一夫人なのよ! 第一夫人はリリア! 第二夫人はあたし! だからあんたは仮にリリアが許可しても第三夫人だから!」
「え……えぇっ!? わ、私!?」
リリアは初耳だったようで、驚きながらシルヴィに食ってかかった。
「ちょっとシルヴィ! いきなり変なことを言うのはやめてください! だいたい、なぜ私が第一夫人なんですか!?」
「あたしに第一夫人が務まると思う? 無理でしょ? ならリリアしかいないじゃない!」
「貴族の第一夫人じゃあるまいし、あなたの苦手な社交とかがあるわけじゃないでしょう!」
「そんなの知ってる! でも——リリアが一番だからっ!」
シルヴィの叫びに、場がシン……と静まり返った。
少しして、リリアがシルヴィに問い掛ける。
「どういう……ことですか?」
「……リリアは、あたしに引け目があるでしょ」
シルヴィの指摘にリリアがビクリとして、顔をこわばらせる。
「何を……」
「いいよ、隠さなくて。リリアがケイのこと好きなの知ってるし。旅の途中、毎晩二人でイチャイチャしてたのも知ってるし」
「し、し、し、してませんが?」
リリアが滝のような汗を流し、どもりながら答える。
動揺しまくりだ。俺がシルヴィに指摘されたときより動揺してる。
「リリアは優しいから……魔眼に掛かったあたしと、ケイが好きって気持ちに挟まれて、すごく傷ついてると思う。でも、あたしはリリアにも幸せになってほしいの。だって、今のあたしはケイのことが一番好きになったけど……リリアのことだって、今までと変わらず一番、好きだから」
「シルヴィ……」
いつの間にかリリアとシルヴィはお互いの手を取り、見つめ合っていた。
それを俺の横で見ていたテオドラが、こちらに寄りかかりながら呟く。
「まあ……言いたいことはわかるが、一番が二人というのはどうなんだ? 二人いたら一番じゃないだろ。普通に矛盾してる」
「まあまあ……」
ブツブツと不満げに呟いているテオドラを宥める。こう口では言っていても小声なあたり、テオドラは大人だ。
そうこうしている間にも、リリアとシルヴィの会話は続く。
「本当に私が第一夫人で、いいの……?」
「あたりまえでしょ。あたしがいいって言ってるんだもん」
「あの……」
俺は小さく手を挙げた。
ここまで話が進むと、さすがに見過ごせない。
「俺の意思は……?」
「…………」
「…………」
場がシン……と静まり返った。
リリアとシルヴィは手を取り合いながら、こちらをジッと見つめている。
……なんで?
「んんっ……まあ、ケイの無粋な発言は捨て置くとして、余が第一夫人なのは譲れんな」
「まだ言うの!? いい加減にあきらめたら!」
「それはこちらのセリフだ。そちらがいつまでも駄々をこねるなら、帝国の流儀に沿って戦いで決着をつけることになるが?」
「いいわよ! やってやろうじゃない! 6対1で勝てるものならね!」
シルヴィが胸を張って言う。
なるほど、テオドラは明らかに強そうだが、6対1なら……6対1?
「別に何人相手でも構わんが……6対1とは、どこから出てきた数字だ?」
「あたし、リリア、ケイ、ミリアさん、大婆様、あとそこのメイドの人で6。あなたが1」
「なぜワシがおぬしらの陣営なんじゃ……?」
「わたくしも数えられているのが不可解です」
大婆様とクラリスさんが困惑したように言う。
それはそうだろう。俺だってシルヴィが何を言ってるのかよくわからない。
「だってこの人、見るからに強そうだから。それにミリアさんと大婆様はリリアの身内だし、味方するのは当然でしょ。メイドの人は……ついで」
「ワシにとってはテオドラも身内なんじゃが……まあ、やつの強さを考えると妥当ではあるか。ワシはテオドラが結婚できるなら、別に第一夫人だろうが第二夫人だろうがどうでもいいしの」
「わたくしはついで、ですか……」
シルヴィのトンデモ理論に大婆様とクラリスさんがそれぞれ反応すると、さっきからポカンとした表情で口を開けていたテオドラが口元を両手で押さえながら笑い始めた。
「フ……フフフ……フフフフフ……!」
あ、皇帝陛下モードでも上品な笑い方は変わらないんだ。
癖なんだろうな、きっと。
そんなテオドラを微笑ましく見ていると、彼女は咳払いしてフフフ笑いを止めた。
「ゴホンゴホン……んんっ、ケイ、なんだその目は。言いたいことがあるなら言え」
「それは……皇帝陛下の笑い方は上品だな、と」
「っ! ほう……いい度胸だな。余の笑い方をバカにして今も生きているのはこの世に婆以外、存在しないぞ」
テオドラが獰猛な笑みを浮かべ、俺の肩にそっと手を置いた。
不思議とまったく嘘に聞こえない。それだけの迫力がある。
自分の笑い方そんな気にしてたのか。確かに特徴的だけど……。
「バカにしたつもりはないよ。俺は良いと思う。かわいくて」
「か、かわいくて……だと!?」
「あ……これもバカにしたわけじゃなくて、普段のテオドラは美人で綺麗系だから、良い意味で意外性があるというか……」
「美人で綺麗……ふ、ふん。余が美しいのは百も承知だが、そなたに言われるのは嫌味でしかないな。全然、嬉しくない。全然!」
テオドラは顔を真っ赤にしてニマニマしながら腕を組んでいた。
発言と表情がまったく一致してない。メチャクチャ嬉しそう。
尻尾があったらブンブン振ってるレベルだ。
「あ、そういえば……隣に立つのは大丈夫なのか?」
「む? 何がだ?」
「ほら、人前で隣に立ったら殺したくなるとか言ってたから」
「…………忘れていた。気が付いたら殺したくなってきたな。離れろ、バカ」
「離れろって、俺は動けないから……ちょっ、いたっ、肩パン普通に痛いっ」
「婆の拘束魔法はもう解けてる」
「あ……ホントだ」
足元にあった光の輪はいつの間にか消えていた。これなら動ける。
そう思いテオドラの言う通り少し歩いて距離を取ると、彼女はズンズンとこちらに近寄ってきて再び肩パンしてきた。
「いたっ!? え、何?」
「何? じゃない! なぜ離れる!」
「えぇ? いや、離れろって言われたから……」
「くっ……もういい!」
怒りながら踵を返したテオドラと入れ替わりで、クラリスさんがスッと俺に近寄り小声でささやいてくる。
「ケイ様。今のは『それなら一緒に人のいないところへ行こうか』と主様を誘うのが正解となります」
「えぇ……?」
正解の難易度が高すぎる。
というか、それするとそのまま監禁ルートに突入しそうだからどっちにしろできない。
なんだかなぁと、俺がテオドラにパンチされた肩をさすっていると、タイミングを見計らっていたのかシルヴィが「はい」と挙手をした。
それを見てテオドラが鷹揚に頷く。
「発言を許可する」
「あの……皇帝陛下って、ダリスティア帝国の皇帝陛下ってこと?」
「そうだが」
「そっか……じゃあ、たとえばなんだけど、さっき言ってた6対1で戦って、もし皇帝陛下が負けたとしても『不敬罪で処刑だぁ!』とか言わない? 大人しく第三夫人になってくれる?」
「言うわけがなかろう。まあ、余が負けるとは思わんが……もし余を負かすことができたなら、第三夫人に甘んじてもよい」
テオドラはそう言って、腕を組みながら不敵な笑みを浮かべた。
自分が負けるとは到底思っていない表情だ。自信満々である。
「そう……それなら、第一夫人の座を懸けて6対1で勝負よ!」
「フッ……いいだろう、受けて立つ!」
「あの……」
俺は再び小さく手を挙げた。
さっきは場が静まり返ったことにビックリしてそのまま流されてしまったが、これに関しては絶対に約束を取り付けておかなければならない。