目次
ブックマーク
応援する
18
コメント
シェア
通報

第42話 ハンデ

「テオドラにひとつ、約束してほしいんだけど……いいかな?」


「ん? なんだ?」


「なんかもう今さら『戦わないです』とか言えない雰囲気だから、まあ戦うしかないんだろうけど……戦ったらさ、大婆様に魔眼問題で協力してもらう件、今度こそ約束させてくれない? 結果がどうなるにせよさ」


「ああ、それか。いいだろう。ダリスティア帝国皇帝、テオドラの名に懸けて約束させよう」


「よかった……ありがとう」


 こればっかりは譲れない部分だから、約束できて安心した。

 いざというとき魔眼問題を盾にされたらどうしようもないからな。


 シルヴィが先頭を切って話題にしている第一夫人とか第二夫人とかに関しては魔眼問題を解決して、彼女の魅了状態が解除されたら話が変わってくるはずなので、それからだ。


「こら、協力するのはワシなのに、なぜテオドラに言うんじゃ」


「なぜって言われても……」


 さっきアナタが約束を反故にしたばっかりだからですけど。

 その点、テオドラは直接交わした約束を破ったりはしないだろうからな。

 とぼけて約束を破る老人より、責任能力がある若者に話を持っていくのは自明の理である。


「婆、いちいちボケてケイを困らせるな。早く我々を戦場に転移させろ。眠いのだろう? このままだと夜が明けるぞ」


「ボケとらんわ。眠気は吹っ飛んだが、さすがに夜が明けるまで付き合うのはしんどいの……仕方ない、準備するか」


 大婆様がため息をつきながら俺の前に来て、手を差し出してくる。

 何事かと思ったら抗呪のペンダントを渡すように催促されたので、首から外して大婆様に渡す。そういえば転移魔法は少しの魔法抵抗でも事故が起きやすいって話してたな。


「ちょっと! それ、あたしが渡したお守り——むぐっ!?」


「シルヴィ、落ち着いてください」


 リリアがシルヴィを抑えながら、転移魔法について説明してくれる。

 興奮気味だったシルヴィもそれを聞いて、渋々ながら納得してくれたようだ。


 そうした出来事を挟みつつ、部屋の床全体に展開された魔法陣が輝きを放った次の瞬間、俺たちは見知らぬ荒野に立っていた。

 大婆様にさっそくペンダントを返してもらってテオドラの話を聞く。


「ここは帝国の北西にあるバルクス荒野だ。周囲には何もないから、いくらでも魔法を使える。しかもここは気候の関係か、空に雲が出来にくい。だから夜でも月光が満遍なく届く。そのお陰で視界が良い。余が戦うと言ったらここしかないぐらいには気に入っている場所だな」


 テオドラはそう言うと右腕を自分の横に向けて伸ばした。直後、宙に黒い穴が開き、そこから一振りの簡素な長剣が出てきて彼女の右手に収まる。

 空間魔法的なものだろうか。すごく便利そう。


「ケイ、そなたは戦いに剣を使うか?」


「剣? 使うけど……」


「ならばこれを使え」


 テオドラが手に持った長剣をこちらに投げる。

 鞘に収まってないので一瞬ドキッとしたが、魔法を使っているのか長剣は真っ直ぐこちらに飛んできて、ちょうど持ち手部分が俺の手に収まった。


「ありがと……って、これ本物か。……模造剣とかない? 切れないやつ」


「模造剣は今手元にはないが……別に本気で切っても構わんぞ。大抵の傷は治癒魔法でなんとかなるし、もし戦いで死んだとしても責任は問わん」


「いやいやいや……それはさすがにちょっと……」


 犯罪者に襲われる状況とかだったら躊躇するつもりはないが、それ以外では極力、人を切るようなことは避けたい。ましてや人死になんてもってのほかだ。


「なんだ、つまらんな……まあいい。ならば……婆!」


「間違いなくそうなるじゃろうと思って、準備しておいたぞ。ほれ」


 大婆様が近づき、こちらの長剣に両手をかざす。

 すると、長剣は仄かに光を纏い始めた。


「これは……?」


「刃物の切れ味を無効化する魔法じゃ。本来は敵の武器に掛けるものじゃが、こうして模擬戦にも使える。他にも自分の武器に掛けてほしいやつがいたら掛けてやるぞー」


「じゃあ、あたしの剣も……」


「わたくしの短剣もお願いします」


 シルヴィが長剣を、クラリスさんが二本の短剣を持って大婆様のところへとやってくる。

 クラリスさんの短剣は割と大きく、ナイフ的なものではなく長剣を短くした剣といった感じだ。今までどこに仕舞っていたのだろうか。


 その間にテオドラはもう一本、宙に穴を開けそこから長剣を取り出した。

 そしてその長剣を大婆様に向かって投げる。

 大婆様はそれを受け取り、先ほどと同じ魔法を長剣に掛けていく。


「やれやれ……おぬしも同じ魔法が使えるだろうに」


「婆の方が上手いからな。余が掛けたら途中で効果が切れかねん」


 大婆様が長剣に魔法を掛け終わった後。

 テオドラは投げ返された長剣を受け取ると、魔法を使ったのか宙に浮かび上がった。


「さて、では……む、クラリス、なぜこちら側にくる?」


「先ほどは横から口を挟まない方が良いと判断し黙っていましたが、わたくしは仮にでも主様の敵には回りません。お許しを」


「ふむ……だ、そうだが。よいか? シルヴィとやら」


「……あたし?」


「そなたが言い始めたことだからな」


「うーん……まあ、いいんじゃない? 大婆様とミリアさんが絶対に裏切らないで、しっかり味方してくれるなら」


 シルヴィが大婆様とミリアさんにチラリと視線を向けながら言う。

 割と重要なことをサラッと確認したな……シルヴィが言わなかったら俺が言うところだった。


「バカもん……6対1の話になったとき、ワシが『妥当』だと言ったのを忘れたか? おぬしらはテオドラと戦ったことがないから、そんな生ぬるいことが言えるのじゃ。言っておくが、ワシとミリアが全力でおぬしらを守らねば、数秒と経たず全員即死じゃぞ。テオドラは手加減が苦手じゃからな」


「ちょ……即死!? そんなことある!?」


「ま、待ってくださいよ。大婆様って世界一の魔女なんじゃなかったでしたっけ?」


 そのうえ、そんな大婆様の弟子であるミリアさんもこっち陣営だから、裏切りさえなければいくらテオドラが強いとはいえ、十分すぎる戦力だと思っていた。しかし大婆様の話を聞く限りでは、全然そんなことはなさそうだ。


「確かにワシは世界一の魔女じゃ。大抵のことはできるし、強さもまあ世界で二番目ぐらいには強いじゃろ。だがテオドラは戦闘に特化した魔法使い兼、魔法剣士での。ワシが考案した伝承魔法によって歴代ダリスティア帝国皇帝の魔力と魔法を受け継ぎ、今や戦闘魔法や魔法剣だけで言えばワシを優に超えておる。つまり戦闘能力的には恐らく、テオドラが世界一じゃ」


「………………………………すみません、その、伝承……」


「伝承魔法じゃ」


「それって……まさか、歴代皇帝の記憶とか意思を受け継いだりは……?」


「ん? 何を言っとる。魔力や魔法だけでも本人の適性や器の大きさで受け継げない場合があるのじゃぞ? 記憶や意思を受け継ぐ余裕なぞない」


「そ、そうですか……いや、念のため確認しておかなくちゃいけないと思って……ちなみに歴代皇帝って何代分、テオドラが受け継いでたりします?」


「やつが73代目の皇帝じゃから……72代分じゃな」


「72!?」


 予想以上に受け継いでた。

 本人分も合わせると皇帝73代分か……世界一というのも頷ける話だ。

 もちろんテオドラ本人の才能や努力とかもあるんだろうけど、元が違いすぎる。

 初代は転生者だったっていう話だから、加護とか高くなった能力自体が受け継がれている可能性もあるしな。実際のところはどうかわからないけど。


「ね、ねぇ……あたし、さっきあのクラリスさん? があっち側に行ってもいいって言ったけど、6対1で妥当って話なら、今は5対2になったから何かその……ハンデとか、必要じゃない?」


 大婆様の話に恐怖を感じたのか、シルヴィが少し怯えたように言った。

 シルヴィも俺と同じく、まさかそこまでテオドラが強いとは思っていなかったのだろう。


「ほう……ハンデか。確かに、余が本気を出したら5対2でも戦いにはならんな。いいだろう。ではハンデとして魔法剣は一切使わん。通常の剣技もケイ以外には使わないでおこう。加えて、余の勝利条件はそなたら全員が負けを認めること。そなたらの勝利条件は余に一撃でも有効打を与えること。これでどうだ?」


「え? えっと……あたしはいいかな? って思うけど……お、大婆様はどう?」


「……テオドラよ。ワシから見ると今度は随分とハンデが大きくなったように見えるが、本当によいのか? その条件だと、いくらおぬしでも厳しくなると思うが」


「フフ、構わんさ。もう長い間、苦戦というものをしていないからな。久しぶりに味わってみたいと思っていたところだ」


「そうか……では、ワシも久々に師匠として、おぬしに魔法の神髄を見せてやろうかの」


 大婆様がそう言って右手を前に出すと、直下の地面に黒い穴が開き、そこから一本の長い杖が浮かび上がってきた。大婆様はその捻じれた木で出来た杖を掴み取り、宙に浮かび上がる。


「ミリアよ、本気でやるぞ。あやつ調子に乗っとるからの。ワシら一族の力を見せてやろうぞ」


「わたし、専門はお薬なんですけど……」


「ええい、つべこべ言うな! そんなこと言ったらワシの専門は回復魔法じゃ! いいからさっさと準備せい!」


「はーい……リリアちゃん、大丈夫?」


 懐から短い木の棒を取り出したミリアさんが、隣に立つリリアの頭を撫でる。

 リリアは大人しく頭を撫でられつつも、少し恥ずかしそうにしながらミリアさんと同じく懐から木の棒を取り出した。


「わ、私は大丈夫です。シルヴィはどう?」


「ダメかも……」


「え?」


「な、なーんちゃって! まかせて! リリアのことはあたしが守るから!」


 シルヴィはそう言いながらリリアの前に出ると、長剣を両手に持って勇ましく構えた。

 今さっきまで涙目になりながら足が震えていたのは……うん、見なかったことにしよう。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?