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第43話 光契約お断り

 こちらの様子を黙って見ていたテオドラは、相変わらず魔法で宙に浮かびながら俺に向かって問い掛けてきた。


「ケイ、戦闘を開始する位置はどうする? そなたが決めて良いぞ。余はどこからでも大丈夫だ」


「位置か……」


 俺の武器は長剣だし、テオドラが世界一の魔法使いということを考えると、近距離から始めて速攻を仕掛けるのが良さそうに思える。ただ俺はテオドラの戦闘能力を知らないから、ここは知っている人間に確認を取った方がいいだろう。


「大婆様、どこから始めるのが良いと思います?」


「そうじゃの……さっきテオドラが言った『魔法剣は一切使わず、剣もケイ以外には使用禁止』という話だけを聞くと、ケイ以外に近接戦闘を仕掛けてこないように思えるが、あやつは体術も得意なんじゃ」


「ということは、つまり……」


「戦いを始める位置が近いと、瞬く間にケイ以外が体術でボコされてすぐに1対2になる」


「…………ある程度、離れた場所が良いですかね」


「それが無難じゃな」


 ミリアさん、リリア、シルヴィにも同様に聞いてみたところ、特に異論はないようなので、戦闘を開始する位置はお互いの陣営から離れた場所とすることに決まった。


「そこらへんで大丈夫!」


 こちらの話を聞いて離れていったテオドラとクラリスさんに向けて、大声で伝える。大体50メートルほどの距離が空いただろうか。

 大婆様曰く、このぐらい距離があれば瞬く間に俺以外がボコされることはないだろうとのこと。


 そして戦闘開始の合図はこちら側からして問題ないとのことなので、その前に大婆様主導で作戦会議をする。


「それで作戦じゃが、正直リリアとシルヴィはこの中で比べると格段に弱い。相手も落としやすいおぬしらを真っ先に狙ってくるじゃろうから、二人は身を守ることに徹するのがいいじゃろ。直接狙ってくるとしたらクラリスじゃろうが、返り討ちにすることなども考えんでいい。なんだかんだでクラリスも達人の部類じゃからの」


「わかりました。私は自分とシルヴィを守ります」


「あ、あたしも! 自分とリリアを守る!」


「ミリアはリリアとシルヴィを気に掛けつつ、ワシの支援をしとくれ。あと薬の準備はどうじゃ?」


「できてますよ~」


「よし。ケイは戦いが始まったら真っ先にテオドラを狙うのがいいじゃろ。クラリスのことは無視してもよい。ワシらが対応する。距離があるからといってテオドラに大魔法を使われる方が面倒じゃから、できるだけ詠唱の邪魔をしとくれ。そしてワシはクラリスを邪魔しつつ大魔法を狙う。では最後にミリアの薬を……っと、その前に強化魔法が先か」


 大婆様がそう言いながら杖で地面を叩くと、一瞬で俺たち全員が範囲に入るほど大きな光の魔法陣が現れた。


「炎の王、風の精霊、水の守護者、土の巨人、闇の深淵に潜み蠢く触手よ、我らに力を——オールマイティ・リーンフォース」


「今なんか不穏な詠唱ありませんでした!?」


 大婆様が魔法を唱え終わると、その場にいる全員の身体が妙な虹色に光り輝いた。妙な、と表現したのはその虹色に黒が入っていたからだ。

 少しすると輝きは収まり、同時に異様な精神の高揚と、明らかな身体能力の向上を全身に感じ始める。


 なんだこれ……今から戦うのがすごく楽しみになってきたし、根拠はないけど俄然、勝てる気がしてきた。凄まじい全能感がどんどん湧き上がってくる。意味もなく叫びたくなるぐらい。これ絶対にヤバい魔法だろ。

 そう頭の片隅に残った慎重な理性で危険視していると、シルヴィがいきなり剣を掲げて叫び始めた


「やれる! やれるよ、あたし! 今なら、なんだってできる気がする! 空も飛べる! 月も落とせる! 世界征服だってできる!」


「お……落ち着けシルヴィ。さすがにそれは言いすぎ……」


 恐る恐る言うと、シルヴィは突然こちらに向かって歩き出し、俺のすぐ目の前に立った。それから地面に剣を突き立てた後、俺の後頭部を両手で掴んでくる。


「今なら! 既成事実だって作れる!!」


「っ!?」


 シルヴィは背伸びをしながら俺の後頭部を下げ、強引に唇を重ねようとしてきた。意図がわかったので慌てて口元に右手を挟み、ギリギリでブロックしながらシルヴィの顔面を掴んで離す。


「お前、魔法の影響受けすぎ! こういうのは後で絶対に後悔するからやめとけ!」


「むぐっ……逆だから! 魔法があたしに勇気をくれたの! 今を逃せば絶対に後悔する! だから——もごっ!?」


「はーい、落ち着きましょうね~」


 ミリアさんが笑顔でシルヴィの口を塞ぎ、俺から引きはがす。

 シルヴィはしばらくの間ジタバタと暴れていたが、少しすると抵抗をやめ、顔を真っ赤にして謝り始めた。


「あの……ごめんなさい。あたし、その……」


「うふふ、大丈夫よ。ちょっと魔法が効きすぎちゃったみたいね」


「はい……それで、今あたし何か、飲み込んだみたいなんですけど……」


「精神安定剤みたいなものよ。はい、みんなにもあげる」


 ミリアさんが順番に配ってくれた赤い丸薬を受け取り、そのまま飲み込む。

 助かる。シルヴィほどではないにしろ、俺も明らかに精神状態が異常だったからな。これで元に戻るだろう。


 ……と、思いきや、丸薬を飲み込んでからしばらく経っても全然戻らない。

 シルヴィは比較的すぐ戻ったのに。おかしい。


「あの……ミリアさん? 俺、薬が全然効いてないと思うんですけど……」


「あらそう? じゃあ試しに」


「はい? ——へぶっ!?」


 唐突に鋭いビンタを食らい、視界がブレた。

 ……え、ミリアさんに思い切りビンタされたんだけど。なんで?


「お母さん!? 何してるの!?」


「リリアちゃん大丈夫よ、痛くないと思うから」


「そんな、今ので痛くないわけ……」


「…………痛くないな」


「そうですよね! 痛く……はい?」


 俺の呟きを聞いて、怒っていたリリアがキョトンとした顔でこちらを振り向く。

 気持ちはわかる。俺も不思議だ。あれだけ強くビンタされたのに、全然痛くないんだから。


「ミリアさん、どういうことですか?」


「うふふ、今みんなに飲んでもらったのは、痛みをほとんど感じなくするお薬よ。これでみんな万全ね」


「待ってください待ってください、ツッコミが追いつかないです。まず精神安定剤はどうなったんです?」


「あら、シルヴィちゃんは強化魔法の精神力向上が効きすぎちゃったみたいだから、精神安定剤と今の痛覚麻痺薬をあげたけど、みんなは痛覚麻痺の方だけで大丈夫よ?」


 ミリアさん曰く、暴走していないシルヴィ以外の人間に精神安定剤を飲ませると、逆によくない効果が出るらしい。


「それはわかりましたけど、なぜ痛覚麻痺の薬を……?」


「それはねぇ、強化魔法の代償で身体がボロボロになる痛みで、すぐ動けなくなっちゃうから……ですよね、大婆様?」


「うむ。先ほどの強化魔法には無詠唱でリジェネ……持続回復魔法も重ね掛けしとるから、肉体的損傷はすぐ元通りになるんじゃが、痛みに関してはワシの魔法だと抑えられぬからな。ミリアの痛覚麻痺薬でやっと実用化できるというわけじゃ。まあ、それだけ強化の効果が大きいと思え」


「えぇ、こわ……ってそうだ、怖いといえばさっき『闇の深淵に潜み蠢く触手』とか、メッチャ不穏な詠唱してませんでした?」


「よく覚えとるな」


「いやそりゃ印象に残りますよ!」


 なんか火の王とか風の精霊とかそれっぽい詠唱始まったなぁと思ったら、最後いきなり邪神っぽい感じの存在に力を貸せ的なこと言い始めるんだからさ。

 なんなら他はもう覚えてないけど、その部分だけはハッキリ覚えてる。


「それで結局あれ、なんだったんですか?」


「さぁ……? わからん」


「……え?」


「昔、世界中を回って旅をしていた頃、たまたま見つけた無人島の山に巨大なヒビ割れがあっての。そこから顔を出してた黒い触手が物凄い魔力を持ってたもんじゃから、『力貸せ』って言ったら『いいよ』って」


「すげぇフレンドリー!」


 触手さんメッチャ気のいいやつじゃん。

 普通いきなり力貸せって言われて貸さないだろ。


 闇の深淵に潜んでるらしいけど、それも山のヒビ割れらしいし。

 案外、実は心優しいタコの仲間とかなのかもしれない。


「まあ、力を借りるたびに寿命10年ぐらい持っていくって言ってたがの」


「やっぱ邪神じゃないですかそれ!?」


 寿命10年って……代償エグいな。

 俺だったら自分の命が危ないとき以外は絶対に使わない。


「あれ? でも、大婆様って……」


「気が付いたか。そうじゃ、ワシは転生特典で不老不死を貰っとるから実質、使いたい放題!」


「ズルだ……!」


「当たり前じゃろ。寿命に限りがあったら使わんわ、こんなもん」


「こんなもん……」


 今、急なディスりにシュンとした触手のイメージが大婆様の背後に見えた気がした。ズルしていいように使っておいて、そりゃないよって感じだろうか。


 ちなみに大婆様曰く、さっきの強化魔法では火、風、水、土、闇の五属性耐性に加え、更に力の強さ、素早さ、魔法防御、物理防御、精神力も大幅に向上しているらしい。


「光属性は……あっ、なんでもないです」


「おい、なんじゃその察したような顔は。言っておくがな、光はこっちから契約をお断りしてやったんじゃ。決してワシが断られたわけではなく……こら、聞いとるのか?」


「ええ、ええ、聞いてますよ」


 一生懸命に説明する大婆様を生温かい目で見守っていると、遠くでこちらを静観していたテオドラが大声で叫んだ。


「おーい! いつになったら始めるんだ!?」


 確かに。なんだかんだで俺たち準備に時間かけすぎだ。

 いい加減もう夜も遅いし、サクッと戦って魔眼問題の協力を取り付けなければ。


「では、この火球が爆発したら戦闘開始じゃ! よいか!」


「承知した! 早くしろ婆!」


「いつも通りのあやつじゃが、なんか悪口言われてるみたいで気分悪いの……それ!」


 大婆様が空にバスケットボール大の火球を放つ。

 火球は俺たちとテオドラたちの、ちょうど真ん中ぐらいの上空まで移動すると、少しの間だけ宙に留まってから大きな音を立てて爆発した。

 強化魔法のせいだろうか。それを見ただけで異様にテンションが上がってきた。


「行くのじゃケイ!」


「合点承知!」


 そして戦いが始まった。

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