しばらく沈黙が続いたのち、麻衣が口を開いた。
「母さんと私はさっき、あなたたちが自殺した滝つぼに献花に行ったのよ」と麻衣。
「本当に死んだと思ったの?」と伽耶。
「ええ」と麻衣。「これでもずいぶん泣いたのよ。」
「死体は上がらなかったはずよ」と沙耶。
「死体は現場に浮いてこないことがあるそうよ」と麻衣。「見つからないうちに下流に流されたり、底に引っかかったりとか。」
「潜って調べたんでしょ?」と伽耶。
「そうらしいわ。でも見つからなかった」と麻衣。「巷では神隠しにあったか、妖怪に食べられたんじゃないかって言われてるわ。」
「非科学的だわ」と沙耶。「通夜とか葬式とかは?」
「やってないわ」と麻衣。「父さんが死体を見るまでは信じないって。」
「ところでどうやって逃げたの?」と麻衣。
「酸素ボンベを背負ってたのよ」と伽耶。「しばらく潜ってて、隙を見て陸に上がったの。」
「大したものね」と麻衣。「ところで勝則がどんな方法で施設から逃げたか聞いてる?」
「施設の電源を落として、騒ぎに乗じて柵を越えたそうよ。足首の発信機にはアルミホイルを巻いて電波を遮蔽してる」と沙耶。「それから徹夜で歩いて私たちに会いに来た。」
「あの学校から家まで五十キロ以上あるのよ」と真知子。「歩けるわけないわ。」
「歩くしかしょうがないから、歩いただけよ」と伽耶。「無一文だったし、交通機関の防犯カメラに顔が映ると追われるかもしれないから。」
「勝則は体が弱いのよ」と真知子。
「勝則が弱いと思っているのは母さんだけよ」と麻衣。