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第14話「運命を占う、黒き夜の一杯」

〜占い師とブラック・ルシアン〜


 扉が静かに開いた。


 ふわりと異国の香りが漂い、カウンターの席にすっと影が座る。

 艶やかな黒髪に、深い紫のローブ。

 手元にはカードが揺れ、指の間をするりと流れるように踊っている。


 ——占い師だな。


 彼女はゆったりと微笑みながら、俺を見上げた。


 「ふふ……面白いわね。この店、なかなか”運命の香り”がするわ」


 「それは光栄だな」


 俺はグラスを拭きながら尋ねる。


 「さて、何を占う?」


 「ふふ、まずは”この夜の酒”を決めましょう」


 彼女はスッとタロットカードを一枚抜き、俺の前に置いた。


 ——“THE MOON”(月)。


 「なるほど……“曖昧さと神秘”、か」


 俺は棚からボトルを取り出す。


 「ブラック・ルシアン——夜に溶ける、闇の一杯だ」


 ロックグラスに氷を入れ、まずウォッカを注ぐ。

 そこへ、コーヒーリキュールをゆっくりと重ねる。

 黒と透明のコントラストが溶け合い、やがてグラスの中で闇夜のように変化する。


 「どうぞ。運命の味を」


 占い師は微笑み、グラスを指でなぞる。


 「……漆黒の夜みたいね」


 そして、静かに口をつける。


 「……ああ、なるほど……これは”深い”わ」


 ウォッカの鋭いキレと、コーヒーリキュールのほろ苦い甘さ。

 単純な組み合わせのようでいて、その味わいはどこか奥深く、静かに広がる。


 占い師は目を閉じ、グラスを傾けながら呟いた。


 「……未来は読めても、夜の深さは測れない。

  この酒も、最初は甘く、でも飲むほどに深く沈んでいく……まるで運命の迷宮ね」


 俺は静かに微笑んだ。


 「未来が見えるお前さんでも、酒の行く先は読めないのか?」


 「ふふ……“運命”っていうのは、そういうものよ」


 彼女は最後の一口を飲み干し、カードをひらりとカウンターに置いた。


 「——さて、あなたの未来は……?」


 カードをめくると、現れたのは”THE WHEEL OF FORTUNE”(運命の輪)。


 彼女はくすっと笑った。


 「ふふ……この店、これから”大きく動く”わよ」


 俺は肩をすくめ、グラスを磨きながら答えた。


 「そいつは楽しみだな」


 占い師は金貨を置き、フードを深くかぶる。


 「また夜が更けたら、未来を覗きに来るわ」


 扉が閉まり、店内にはほのかなコーヒーの香りだけが残った。


 ——今夜もまた、運命の交差点で”黒き一杯”を届けた。

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