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第13話「駆ける者に、黄金の気概を」

〜下っ端騎士とホーセズ・ネック〜


 扉が開き、慌ただしい足音が響いた。


 入ってきたのは、若い騎士——いや、まだ”騎士見習い”といったほうが正しいかもしれない。

 粗末な鎧はところどころ傷んでおり、動きに無駄が多い。

 彼は息を切らしながらカウンターの席にどさっと腰を下ろした。


 「はぁ……なんか、スカッとする酒をください……」


 俺はグラスを磨きながら、ちらりと彼を見た。


 「随分疲れてるな。訓練か?」


 「……ええ、まぁ……」


 彼は腕を組み、少しバツの悪そうな顔をした。


 「上官に走れって言われて、城の周りを何周も……。でも、どうせ俺なんて下っ端ですよ……」


 「なるほど」


 俺は微かに笑い、背後の棚からボトルを取り出した。


 「ホーセズ・ネック——駆ける者に相応しい一杯だ」


 ロンググラスに氷を入れ、ブランデーを注ぐ。

 次に、ジンジャーエールをゆっくりと満たし、黄金色の泡がグラスの中で踊る。

 仕上げに、一本丸ごと使ったレモンピールをぐるりと螺旋状に巻き、グラスの縁から垂らした。


 その姿はまるで、風を切って走る”馬の首”のように——。


 「ほら、飲んでみな」


 彼は興味深そうにグラスを手に取り、一口。


 「……おお?」


 ブランデーの深みのあるコクと、ジンジャーエールの爽快な刺激。

 そこにレモンの香りがアクセントを加え、まるで疾走する風のような後味を残す。


 「これ……なんか、不思議と力が湧いてくる感じがします……!」


 「そうだろう? これは”ホーセズ・ネック”。誇りを持って走る者のための酒だ」


 彼は驚いたようにレモンピールを指で摘み、くるりと回す。


 「……俺みたいな下っ端でも、誇りを持っていいんですかね」


 俺は軽く肩をすくめた。


 「最初から立派な騎士なんていない。まずは、走り続けることだろう?」


 彼は目を丸くし、それから小さく笑った。


 「……そうですね。確かに、今やめたらそれまでだ」


 グラスを傾け、最後の一口を飲み干す。


 「よし……明日も、もう少し頑張ってみます!」


 彼は小さな金貨を置き、勢いよく立ち上がると、店を飛び出していった。


 扉の向こうには、まだ夜の風が吹いている。


 ——今夜もまた、一人の”駆ける者”に黄金の一杯を届けた。

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