〜下っ端騎士とホーセズ・ネック〜
扉が開き、慌ただしい足音が響いた。
入ってきたのは、若い騎士——いや、まだ”騎士見習い”といったほうが正しいかもしれない。
粗末な鎧はところどころ傷んでおり、動きに無駄が多い。
彼は息を切らしながらカウンターの席にどさっと腰を下ろした。
「はぁ……なんか、スカッとする酒をください……」
俺はグラスを磨きながら、ちらりと彼を見た。
「随分疲れてるな。訓練か?」
「……ええ、まぁ……」
彼は腕を組み、少しバツの悪そうな顔をした。
「上官に走れって言われて、城の周りを何周も……。でも、どうせ俺なんて下っ端ですよ……」
「なるほど」
俺は微かに笑い、背後の棚からボトルを取り出した。
「ホーセズ・ネック——駆ける者に相応しい一杯だ」
ロンググラスに氷を入れ、ブランデーを注ぐ。
次に、ジンジャーエールをゆっくりと満たし、黄金色の泡がグラスの中で踊る。
仕上げに、一本丸ごと使ったレモンピールをぐるりと螺旋状に巻き、グラスの縁から垂らした。
その姿はまるで、風を切って走る”馬の首”のように——。
「ほら、飲んでみな」
彼は興味深そうにグラスを手に取り、一口。
「……おお?」
ブランデーの深みのあるコクと、ジンジャーエールの爽快な刺激。
そこにレモンの香りがアクセントを加え、まるで疾走する風のような後味を残す。
「これ……なんか、不思議と力が湧いてくる感じがします……!」
「そうだろう? これは”ホーセズ・ネック”。誇りを持って走る者のための酒だ」
彼は驚いたようにレモンピールを指で摘み、くるりと回す。
「……俺みたいな下っ端でも、誇りを持っていいんですかね」
俺は軽く肩をすくめた。
「最初から立派な騎士なんていない。まずは、走り続けることだろう?」
彼は目を丸くし、それから小さく笑った。
「……そうですね。確かに、今やめたらそれまでだ」
グラスを傾け、最後の一口を飲み干す。
「よし……明日も、もう少し頑張ってみます!」
彼は小さな金貨を置き、勢いよく立ち上がると、店を飛び出していった。
扉の向こうには、まだ夜の風が吹いている。
——今夜もまた、一人の”駆ける者”に黄金の一杯を届けた。