目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第12話「血の滴る一杯を、闇夜に」

〜吸血鬼とレッド・アイ〜


 扉が静かに開いた。


 足音はほとんど響かず、まるで影そのものが滑り込んできたかのようだった。

 カウンターの席に腰を下ろしたのは、異質な雰囲気を纏う男——吸血鬼だった。


 漆黒のマントを翻し、貴族然とした優雅な身のこなし。

 青白い肌に紅の瞳が夜闇に浮かび、口元にはわずかに冷笑が滲んでいる。


 「……面白い店だな。こんな場所に、人の営む酒場があるとは」


 その声は、どこか低く甘い響きを持っていた。


 「酒を飲みに来たのか?」俺は静かに尋ねる。


 「ふふ、吸血鬼は酒など飲まぬと思ったか?」


 吸血鬼はカウンターに肘をつき、にやりと笑った。


 「……いいや、たまには”赤い酒”を楽しみたくなることもある」


 俺は微かに笑い、棚から二本のボトルを取り出した。


 「なら、これはどうだ? “レッド・アイ”——血の滴るような一杯だ」


 俺はグラスに冷えたビールを注ぎ、そこへトマトジュースを重ねる。

 比率は半々。ビールの泡が赤に溶け込み、深みのある紅色を生み出す。

 仕上げに一滴、タバスコを垂らした。


 まるで、血に宿る熱と刺激を思わせる一杯。


 「ほら、吸血鬼向けの酒だ」


 吸血鬼は興味深そうにグラスを覗き込み、細い指でそっと持ち上げる。


 「……ふふ、まるで本物の血のようだ」


 そう言いながら、ゆっくりと口をつける。


 「……っほう」


 瞳がわずかに細められる。


 トマトの濃厚な旨みとビールの喉越しが絶妙に絡み合い、そこにタバスコのピリリとした刺激が加わる。

 それは、ただの酒ではない。“熱”を持ち、“生命”を感じさせる味だ。


 「……悪くない」


 グラスを揺らしながら、吸血鬼は薄く笑う。


 「まるで、新鮮な血を飲んだ後のような余韻がある……」


 俺は肩をすくめた。


 「そいつは光栄だな」


 吸血鬼は微かに笑いながら、もう一口飲む。


 「……血は、ただの養分ではない。生き物の”力”そのものだ。

  この酒も同じだな。ただの水ではない……“命の味”がする」


 そう言いながら、ゆっくりと飲み干す。


 最後の一滴を舌の上で転がすように味わい、吸血鬼は満足げに微笑んだ。


 「いい酒だった。……また飲みに来よう」


 カウンターに銀貨を一枚置き、吸血鬼は立ち上がる。

 マントを翻し、扉の向こうへと溶け込むように姿を消した。


 ——今夜もまた、一人の闇の住人に”血のような一杯”を届けた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?