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第17話「白き信仰と、静謐なる一杯を」

〜聖職者とホワイト・レディ〜


 扉が静かに開いた。


 重々しくも、どこか清らかな空気が店内に流れ込む。

 カウンターへと歩み寄るのは、長い法衣を纏った聖職者の男だった。


 白銀の髪に深い青の瞳。

 その眼差しは穏やかだが、その奥には確かな信念が宿っている。


 彼は静かに腰を下ろすと、ゆっくりと俺を見た。


 「……酒場に来るのは久しぶりだ」


 「聖職者は酒を飲まないものか?」


 彼は微かに微笑んだ。


 「ふふ……そういう者もいるが、私は違う。酒もまた、“人の心を癒すもの”だからな」


 なるほど。

 俺は頷き、棚からボトルを取り出した。


 「ホワイト・レディ——静謐なる白の一杯を」


 シェイカーにジン、コアントロー(ホワイトキュラソー)、レモンジュースを注ぐ。

 氷を加え、しっかりとシェイク。


 ——シャカシャカ、シャカシャカ。


 冷えたグラスに注ぐと、透き通る白い液体が輝く。

 まるで、夜の静寂の中に浮かぶ”純白の祈り”のように。


 「どうぞ」


 聖職者はグラスを手に取り、静かに口をつける。


 「……これは」


 ジンの鋭いキレ、コアントローの柑橘の甘み、レモンの清涼な酸味。

 それらが混ざり合いながらも、どこか厳かで静かな余韻を残す。


 「まるで……祈りのようだ」


 俺は静かに笑う。


 「信仰を持つ者にも、時には”迷い”があるんじゃないか?」


 聖職者は一瞬驚いたように俺を見た。

 だが、すぐに目を細め、ゆっくりと頷いた。


 「……ああ。確かに、人は迷う。

  どんなに信仰を貫こうと、時には己の心が揺らぐこともある」


 グラスの中の白い液体を見つめながら、静かに言葉を紡ぐ。


 「この酒も同じだな。甘さと鋭さ、静けさと刺激——その狭間で、揺らぎながらも均衡を保っている」


 俺はグラスを拭きながら答えた。


 「だが、それが”ホワイト・レディ”の魅力さ。迷いながらも、最後には”透き通るような答え”が残る」


 聖職者は静かに笑い、最後の一口を飲み干した。


 「……よい酒だった」


 彼は金貨を置き、立ち上がる。


 「また来るよ。信仰に迷いそうになったときに」


 「待ってるよ。迷いを抱えた客なら、うちは歓迎するさ」


 扉が閉まり、店内には柑橘の香りだけが残った。


 ——今夜もまた、一人の”祈り人”に静謐なる一杯を届けた。

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