〜聖職者とホワイト・レディ〜
扉が静かに開いた。
重々しくも、どこか清らかな空気が店内に流れ込む。
カウンターへと歩み寄るのは、長い法衣を纏った聖職者の男だった。
白銀の髪に深い青の瞳。
その眼差しは穏やかだが、その奥には確かな信念が宿っている。
彼は静かに腰を下ろすと、ゆっくりと俺を見た。
「……酒場に来るのは久しぶりだ」
「聖職者は酒を飲まないものか?」
彼は微かに微笑んだ。
「ふふ……そういう者もいるが、私は違う。酒もまた、“人の心を癒すもの”だからな」
なるほど。
俺は頷き、棚からボトルを取り出した。
「ホワイト・レディ——静謐なる白の一杯を」
シェイカーにジン、コアントロー(ホワイトキュラソー)、レモンジュースを注ぐ。
氷を加え、しっかりとシェイク。
——シャカシャカ、シャカシャカ。
冷えたグラスに注ぐと、透き通る白い液体が輝く。
まるで、夜の静寂の中に浮かぶ”純白の祈り”のように。
「どうぞ」
聖職者はグラスを手に取り、静かに口をつける。
「……これは」
ジンの鋭いキレ、コアントローの柑橘の甘み、レモンの清涼な酸味。
それらが混ざり合いながらも、どこか厳かで静かな余韻を残す。
「まるで……祈りのようだ」
俺は静かに笑う。
「信仰を持つ者にも、時には”迷い”があるんじゃないか?」
聖職者は一瞬驚いたように俺を見た。
だが、すぐに目を細め、ゆっくりと頷いた。
「……ああ。確かに、人は迷う。
どんなに信仰を貫こうと、時には己の心が揺らぐこともある」
グラスの中の白い液体を見つめながら、静かに言葉を紡ぐ。
「この酒も同じだな。甘さと鋭さ、静けさと刺激——その狭間で、揺らぎながらも均衡を保っている」
俺はグラスを拭きながら答えた。
「だが、それが”ホワイト・レディ”の魅力さ。迷いながらも、最後には”透き通るような答え”が残る」
聖職者は静かに笑い、最後の一口を飲み干した。
「……よい酒だった」
彼は金貨を置き、立ち上がる。
「また来るよ。信仰に迷いそうになったときに」
「待ってるよ。迷いを抱えた客なら、うちは歓迎するさ」
扉が閉まり、店内には柑橘の香りだけが残った。
——今夜もまた、一人の”祈り人”に静謐なる一杯を届けた。