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第18話「鉄を打つ者に、琥珀の炎を」

〜鍛冶屋とラスティ・ネイル〜


 扉が開いた瞬間、鉄と火の匂いが流れ込んできた。


 カウンターへと重い足取りで歩み寄るのは、大柄な男。

 鍛冶屋だ。


 分厚い胸板、煤けたエプロン、節くれだった手。

 腕には無数の小さな火傷の痕があり、彼の仕事の厳しさを物語っていた。


 カウンターに腰を下ろし、彼はどっかりと肘をついた。


 「……くそ、今夜は骨が折れたぜ。でかい剣の注文なんざ、もっと早く言っときやがれってんだ……」


 愚痴を零しながら、彼は俺を見上げる。


 「強いのをくれ。火のように熱く、鉄のようにどっしりしたやつを」


 なるほど。


 俺は微かに笑い、棚から二本のボトルを取り出した。


 「ラスティ・ネイル——鍛え上げた鉄のように重厚な一杯だ」


 ロックグラスに大きな氷をひとつ落とす。

 そこへスコッチウイスキーをたっぷり注ぎ、さらにドランブイ(ハチミツとハーブのリキュール)を加える。

 バースプーンで静かにステアすると、琥珀色の液体が氷に沿って揺れた。


 カウンターに置きながら、俺は言った。


 「どうぞ。これは”錆びた釘”って意味のカクテルだ」


 鍛冶屋は眉をひそめる。


 「錆びた釘だぁ? 鉄工の敵じゃねえか」


 「“釘”が”錆びる”ほど長い年月をかけて味わうものってことさ。深みのある一杯だぜ」


 「……ふん、面白え」


 彼はグラスを手に取り、一口。


 「……っくぅ!!」


 喉を通る強烈なスコッチの刺激、そしてドランブイの甘く濃厚な余韻。

 アルコールの熱さがじわりと体を駆け巡る。


 「……こいつは、まるで真っ赤に焼けた鉄みてぇだ」


 鍛冶屋は目を細め、ゆっくりとグラスを回した。


 「最初は強くて荒々しいが……後からじわじわと甘みが染みてくる」


 俺は笑った。


 「鉄もそうだろう? 熱して叩いて、鍛え抜いてこそ、いい剣になる」


 「……ああ、その通りだ」


 鍛冶屋は大きく息をつき、グラスを傾ける。


 「……しかし、この酒みてぇに”いい具合に錆びる”ってのも悪くねぇな」


 「何、職人が鈍るつもりか?」


 「はっ、まさか」


 鍛冶屋は最後の一口を飲み干し、満足そうに笑った。


 「たまには”いい具合に力を抜く”のも必要ってことよ」


 彼は懐から金貨を取り出し、カウンターに無造作に置く。


 「いい酒だった。また飲みに来るぜ」


 「待ってるよ。今度は鉄の味がする酒でも用意しとこうか?」


 「……そいつは興味深えな」


 扉が開く。

 店の外には、鍛冶場から漏れる赤い炎がちらついていた。


 ——今夜もまた、鉄を打つ者に”琥珀の炎”を届けた。

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