〜鍛冶屋とラスティ・ネイル〜
扉が開いた瞬間、鉄と火の匂いが流れ込んできた。
カウンターへと重い足取りで歩み寄るのは、大柄な男。
鍛冶屋だ。
分厚い胸板、煤けたエプロン、節くれだった手。
腕には無数の小さな火傷の痕があり、彼の仕事の厳しさを物語っていた。
カウンターに腰を下ろし、彼はどっかりと肘をついた。
「……くそ、今夜は骨が折れたぜ。でかい剣の注文なんざ、もっと早く言っときやがれってんだ……」
愚痴を零しながら、彼は俺を見上げる。
「強いのをくれ。火のように熱く、鉄のようにどっしりしたやつを」
なるほど。
俺は微かに笑い、棚から二本のボトルを取り出した。
「ラスティ・ネイル——鍛え上げた鉄のように重厚な一杯だ」
ロックグラスに大きな氷をひとつ落とす。
そこへスコッチウイスキーをたっぷり注ぎ、さらにドランブイ(ハチミツとハーブのリキュール)を加える。
バースプーンで静かにステアすると、琥珀色の液体が氷に沿って揺れた。
カウンターに置きながら、俺は言った。
「どうぞ。これは”錆びた釘”って意味のカクテルだ」
鍛冶屋は眉をひそめる。
「錆びた釘だぁ? 鉄工の敵じゃねえか」
「“釘”が”錆びる”ほど長い年月をかけて味わうものってことさ。深みのある一杯だぜ」
「……ふん、面白え」
彼はグラスを手に取り、一口。
「……っくぅ!!」
喉を通る強烈なスコッチの刺激、そしてドランブイの甘く濃厚な余韻。
アルコールの熱さがじわりと体を駆け巡る。
「……こいつは、まるで真っ赤に焼けた鉄みてぇだ」
鍛冶屋は目を細め、ゆっくりとグラスを回した。
「最初は強くて荒々しいが……後からじわじわと甘みが染みてくる」
俺は笑った。
「鉄もそうだろう? 熱して叩いて、鍛え抜いてこそ、いい剣になる」
「……ああ、その通りだ」
鍛冶屋は大きく息をつき、グラスを傾ける。
「……しかし、この酒みてぇに”いい具合に錆びる”ってのも悪くねぇな」
「何、職人が鈍るつもりか?」
「はっ、まさか」
鍛冶屋は最後の一口を飲み干し、満足そうに笑った。
「たまには”いい具合に力を抜く”のも必要ってことよ」
彼は懐から金貨を取り出し、カウンターに無造作に置く。
「いい酒だった。また飲みに来るぜ」
「待ってるよ。今度は鉄の味がする酒でも用意しとこうか?」
「……そいつは興味深えな」
扉が開く。
店の外には、鍛冶場から漏れる赤い炎がちらついていた。
——今夜もまた、鉄を打つ者に”琥珀の炎”を届けた。