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第19話「さすらいの道に、琥珀の軌跡を」

〜旅芸人とサイドカー〜


 扉が開いた瞬間、賑やかな鈴の音が響いた。


 カウンターに腰を下ろしたのは、一人の旅芸人。

 派手な衣装に身を包み、胸元には小さなタンバリンを下げている。

 手先は器用にコインを転がし、その口元には常に軽やかな笑みが浮かんでいた。


 「へぇ、この街にこんな素敵なバーがあったとはね。これは”いいネタ”になりそうだ」


 軽い口調だが、その目はしっかりと俺を見据えている。


 「で、何を飲む?」


 「そうだな……旅にぴったりな酒を頼むよ。

  軽やかで、それでいてどこか”帰る場所”を思わせるようなやつをね」


 なるほど。


 俺は微笑み、棚からボトルを取り出した。


 「サイドカー——さすらいの旅人に捧げる一杯だ」


 シェイカーにブランデー、コアントロー、レモンジュースを注ぐ。

 氷を加え、力強くシェイク。


 ——シャカシャカ、シャカシャカ。


 琥珀色の液体が冷えたグラスに注がれ、まるで夕暮れに染まる街道のような輝きを見せる。

 最後に、グラスの縁に砂糖を軽くまぶし、微かに甘みを添えた。


 「どうぞ」


 旅芸人はグラスを持ち上げ、興味深げに眺める。


 「ほう……綺麗な色だ。まるで、夕焼けを閉じ込めたみたいだな」


 そして、一口。


 「……っはぁ!」


 レモンの爽やかな酸味が舌を刺激し、コアントローの甘い柑橘の香りが鼻をくすぐる。

 その奥にあるブランデーの深いコクが、まるで長い旅路のように余韻を残す。


 「……これは、まさしく”旅の味”だな」


 俺は微笑む。


 「元々は”移動の途中”で飲むための酒だと言われてる。

  つまり、“旅の途中の一杯”ってわけだ」


 旅芸人は静かに頷いた。


 「なるほどな……俺たちはどこへ行っても、そこが”途中”だ」


 グラスを揺らし、溶けかけた氷の音を聞きながら呟く。


 「酒場も舞台も、どこかに”定まる”場所じゃない。

  だけど、こうして飲んでいると……たまには”帰る場所”が欲しくなるもんだ」


 俺は肩をすくめた。


 「なら、いつでも帰ってくるといい。うちは”旅人”も歓迎する」


 旅芸人は笑い、金貨を一枚弾いてカウンターに置いた。


 「ありがたいね、マスター。じゃあ、また次の”旅の途中”で寄らせてもらうよ」


 扉が開き、鈴の音が響く。


 その背には、果てなき旅路と、次の舞台への期待が揺れていた。


 ——今夜もまた、一人の”さすらい人”に琥珀の軌跡を届けた。

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