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第20話「小さな羽に、魔法の雫を」

〜妖精とチャーミング・ウィズ〜


 扉が静かに開いた——というより、ひらりと舞い込んできた。


 カウンターの端に、ふわりと降り立つ小さな影。

 透き通る翅を揺らし、微かに輝く髪を持つ妖精だった。


 身長は人間の手のひらほど。

 好奇心に満ちた瞳で店内を見回し、くるくると宙を舞う。


 「ふふ、面白いお店ね! ねぇマスター、私でも飲めるお酒はあるかしら?」


 俺は微笑み、棚から小さなグラスを取り出した。


 「チャーミング・ウィズ——小さな魔法の一杯だ」


 シェイカーにアップルブランデー、レモンジュース、ハチミツ、卵白を注ぐ。

 氷を加え、優しくシェイク。


 ——シャカシャカ、シャカシャカ。


 繊細な泡が立ち、グラスに注ぐと、淡い金色の輝きが生まれる。

 まるで夜空に瞬く妖精の光のように。


 「どうぞ。お前さんにぴったりの一杯だ」


 妖精は小さなグラスを両手で抱え、興味津々に覗き込む。


 「わぁ……キラキラしてる!」


 ひと口。


 「……んんっ!」


 レモンの爽やかな酸味と、ハチミツのやわらかな甘み。

 そこにアップルブランデーの芳醇な香りがふわりと広がり、卵白の泡が舌の上で優しく弾ける。


 妖精は目を輝かせ、くるくると宙を舞う。


 「すごい! なんだか、魔法みたいな味がする!」


 俺は笑いながらグラスを拭く。


 「お前さんの魔法よりも驚いたか?」


 「うーん、それは……いい勝負ね!」


 妖精はにんまりと笑い、グラスを抱え込むように飲む。


 「こんな素敵な飲み物、人間だけのものにしちゃもったいないわ!」


 「じゃあ、森に持って帰るか?」


 「……それもいいけど、私はまたここに飲みに来るわ!」


 妖精は楽しげにくるりと回り、ポケットから輝く花びらを取り出した。


 「これはお代よ。妖精の森に咲く”月の花”の花びら」


 カウンターに置かれたそれは、かすかに光を帯び、甘い香りを放っていた。


 俺はそれを手に取り、静かに頷いた。


 「確かに預かったよ」


 妖精は最後の一口を飲み干し、翅をぱたぱたと羽ばたかせる。


 「じゃあね、マスター! また”魔法の雫”を飲みに来るわ!」


 扉が開き、夜風に乗って彼女の小さな姿は闇に溶けていった。


 ——今夜もまた、小さな羽に”魔法の一杯”を届けた。

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