〜妖精とチャーミング・ウィズ〜
扉が静かに開いた——というより、ひらりと舞い込んできた。
カウンターの端に、ふわりと降り立つ小さな影。
透き通る翅を揺らし、微かに輝く髪を持つ妖精だった。
身長は人間の手のひらほど。
好奇心に満ちた瞳で店内を見回し、くるくると宙を舞う。
「ふふ、面白いお店ね! ねぇマスター、私でも飲めるお酒はあるかしら?」
俺は微笑み、棚から小さなグラスを取り出した。
「チャーミング・ウィズ——小さな魔法の一杯だ」
シェイカーにアップルブランデー、レモンジュース、ハチミツ、卵白を注ぐ。
氷を加え、優しくシェイク。
——シャカシャカ、シャカシャカ。
繊細な泡が立ち、グラスに注ぐと、淡い金色の輝きが生まれる。
まるで夜空に瞬く妖精の光のように。
「どうぞ。お前さんにぴったりの一杯だ」
妖精は小さなグラスを両手で抱え、興味津々に覗き込む。
「わぁ……キラキラしてる!」
ひと口。
「……んんっ!」
レモンの爽やかな酸味と、ハチミツのやわらかな甘み。
そこにアップルブランデーの芳醇な香りがふわりと広がり、卵白の泡が舌の上で優しく弾ける。
妖精は目を輝かせ、くるくると宙を舞う。
「すごい! なんだか、魔法みたいな味がする!」
俺は笑いながらグラスを拭く。
「お前さんの魔法よりも驚いたか?」
「うーん、それは……いい勝負ね!」
妖精はにんまりと笑い、グラスを抱え込むように飲む。
「こんな素敵な飲み物、人間だけのものにしちゃもったいないわ!」
「じゃあ、森に持って帰るか?」
「……それもいいけど、私はまたここに飲みに来るわ!」
妖精は楽しげにくるりと回り、ポケットから輝く花びらを取り出した。
「これはお代よ。妖精の森に咲く”月の花”の花びら」
カウンターに置かれたそれは、かすかに光を帯び、甘い香りを放っていた。
俺はそれを手に取り、静かに頷いた。
「確かに預かったよ」
妖精は最後の一口を飲み干し、翅をぱたぱたと羽ばたかせる。
「じゃあね、マスター! また”魔法の雫”を飲みに来るわ!」
扉が開き、夜風に乗って彼女の小さな姿は闇に溶けていった。
——今夜もまた、小さな羽に”魔法の一杯”を届けた。