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第46話「死を操る者に、蘇りの一杯を」

〜死霊術師とコープス・リバイバー No.2〜


 扉は開かなかった。


 ——だが、“客が入ってきた”ことはわかった。


 店内の空気がふっと冷たくなる。

 カウンターの端に、“いつの間にか”一人の客が座っていた。


 黒衣に包まれた細身の体、

 指には無数の指輪。

 その瞳の奥には、“生者”ではありえない光が宿っていた。


 ——死霊術師、か。


 彼は静かに微笑み、呟いた。


 「……“蘇りの酒”をいただこうか」


 俺は微かに笑い、棚からボトルを取り出す。


 「コープス・リバイバー No.2——“死者を目覚めさせる”一杯だ」


 シェイカーにジン、コアントロー、リレ・ブラン、レモンジュースを注ぐ。

 氷を加え、しっかりとシェイク。


 ——シャカシャカ、シャカシャカ。


 冷えたグラスに注ぐと、

 最後に一滴のアブサンを垂らす。


 淡い金色の液体が光を反射し、

 まるで”死者の瞳に灯る最後の輝き”のように揺れる。


 「どうぞ」


 死霊術師はグラスを持ち上げ、

 くるくると回す。


 「……ふふ、これは”死”の香りがする」


 そして、一口。


 「……っふ」


 ジンの鋭いキレ、

 レモンの爽やかな酸味、

 コアントローの甘く複雑な余韻。


 最後に残るのは、

 “アブサンの仄かな苦み”。


 まるで、“死と生の狭間”に漂う魂のような味わい。


 死霊術師は微笑み、

 グラスの中を覗き込む。


 「……“死”とは面白いものだ。

  一度は終わりながらも、こうして”蘇る”こともある」


 俺は静かにグラスを拭きながら言う。


 「だが、何度蘇ろうと”元通り”にはならない」


 死霊術師は目を細め、

 ゆっくりとグラスを揺らした。


 「……“蘇る”とは、そういうことだよ。

  “元に戻る”のではなく、“新たに目覚める”ことだ」


 最後の一口を飲み干し、

 静かにグラスを置く。


 「いい酒だった。……“次に目覚める時”が楽しみだよ」


 彼は懐から銀色のコインを取り出し、

 カウンターにそっと置く。


 「“冥府の硬貨”だ。……使い道は、君次第だよ」


 俺はそれを拾い、微かに笑った。


 「また来るか?」


 死霊術師はふっと笑い、

 霧のように消えながら囁いた。


 「……“必要になれば”ね」


 扉は、開かなかった。


 ——今夜もまた、一人の”死を操る者”に蘇りの一杯を届けた。


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