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第48話「刃を振るう者に、漆黒の一杯を」

〜処刑執行人とブラック・ネイル〜


 扉が開いた。


 店内の空気が、一瞬で変わる。

 誰かが背筋を伸ばし、誰かが息を潜める。


 ——“死”を運ぶ者が現れたと、誰もが感じた。


 カウンターに座ったのは、一人の処刑執行人。

 漆黒のロングコート、

 無骨な手袋に覆われた指先。

 その手は、何度も斧の柄を握りしめた者のものだった。


 男は低く、短く呟く。


 「……“静かな酒”をくれ」


 俺は黙って棚からボトルを取り出す。


 「ブラック・ネイル——“沈黙の刃”のための一杯だ」


 ロックグラスに大ぶりの氷を落とし、

 アイリッシュウイスキーとドランブイ(ハーブとハチミツのリキュール)を注ぐ。


 バースプーンでゆっくりとステアし、

 琥珀色の液体が静かに混ざり合う。


 最後に、ほんの一滴のブラックウォルナットビターズ。


 「どうぞ」


 処刑執行人はグラスを持ち上げ、

 その琥珀の深みを覗き込む。


 「……黒鉄の釘のような酒だな」


 そして、一口。


 「……っふ」


 アイリッシュウイスキーの滑らかなコク、

 ドランブイの甘さとスパイスの奥深さ。

 そして、ほのかに漂うクルミの苦みが、

 まるで”斧の冷たさ”のように舌の上に残る。


 「……なるほど。“終わりの味”か」


 俺はグラスを拭きながら言う。


 「お前にとって、“処刑”とは何だ?」


 処刑執行人は微かに笑い、

 グラスの中の琥珀を揺らす。


 「“仕事”だ。それ以上でも、それ以下でもない」


 「“裁き”ではないのか?」


 彼は首を横に振る。


 「裁くのは俺ではない。

  俺の役目は——“終わらせる”ことだけだ」


 最後の一口を飲み干し、

 静かにグラスを置く。


 「いい酒だった」


 彼は懐から一枚の銀貨を取り出し、

 カウンターにそっと置く。


 「“最後の報酬”だ」


 俺はそれを拾い、微かに笑った。


 「また来るか?」


 処刑執行人は立ち上がり、

 帽子を深く被る。


 「……“次の終わり”が来たらな」


 扉が開く。


 彼の背中が消えると同時に、

 店の空気がやっと、元に戻った。


 ——今夜もまた、一人の”刃を振るう者”に漆黒の一杯を届けた。

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