〜墓守とダーク・アンド・ストーミー〜
扉が開いた。
次の瞬間、雨上がりの土の匂いがふっと店に流れ込んだ。
その香りには、どこか懐かしさと静けさがあった。
カウンターに腰を下ろしたのは、一人の墓守。
粗末なフード付きの外套、
手には土で染まった古い革手袋。
無駄な言葉はなく、しかしその目には長い時を知る静謐さが宿っていた。
彼はぽつりと呟いた。
「……“嵐の後”のような酒がほしい」
俺は頷き、棚からボトルを取り出す。
「ダーク・アンド・ストーミー——静けさに潜む嵐の一杯だ」
ハイボールグラスに氷を満たし、
ジンジャービアを注ぎ、
その上にそっとダークラムをフロートする。
グラスの中で濃い琥珀色の液体が、
雲が流れる空のようにゆっくりと沈んでいく。
仕上げにライムを添えて。
「どうぞ」
墓守はグラスを片手に取り、静かに眺める。
「……まるで、雨雲が地を抱きしめているようだ」
そして、一口。
「……ふむ。これは、“語られなかった物語”の味だな」
ジンジャービアの刺激的なスパイス、
そこに重なるダークラムの深く甘やかなコク。
喉に残るのは、ライムの冷たく鋭い余韻。
「墓はな、“終わり”を示すだけじゃない。
そこには語られなかったものが、必ずある」
俺は静かにグラスを拭きながら言う。
「語られなかった想いも、“誰か”が受け取るものだ」
墓守は、ほんの少しだけ笑った。
「……そう。だから俺は、ただ”そこに在る”」
彼は最後の一口を飲み干し、
懐から黒曜石で作られた小さな墓標のペンダントを取り出し、カウンターに置いた。
「これは、俺の見守った魂たちの記憶。
……受け取る者に、重くなければいいが」
「預かっておくよ。静かに、丁寧にな」
墓守はゆっくりと立ち上がる。
「……また来よう。
“誰かの想いが風化する前に”」
扉が開く。
彼の背中は、忘れられた風の中へと消えていった。
——今夜もまた、一人の”見守る者”に、嵐を閉じ込めた一杯を届けた。