煌びやかなシャンデリアが輝く王宮の舞踏会場には、上流貴族たちの笑い声と音楽が響いていた。侯爵家の令嬢ルミナ・ヴェリーナもその中にいた。彼女はシルクのドレスを身にまとい、肩にかかる波打つ金髪が光を反射して輝いている。舞踏会場のどこを見ても目を引く彼女の美貌は、まるで夜空に浮かぶ月のようだった。
しかし、その夜の彼女には笑顔がなかった。婚約者である第二王子ルーク・カリステアとともにいるはずだったが、彼は他の貴婦人たちと談笑している。遠くから見ても、その表情には明らかにルミナへの関心が欠けていた。ルミナは薄く微笑みを浮かべながらも、内心では胸の奥に不安を感じていた。
「ルミナ、少し話がある。」
パーティーの後半、ルークがようやく彼女に歩み寄り、冷たい声で言った。彼の表情には何の感情も見られず、ただ義務を果たすような無機質さがあった。周囲の視線が注がれる中、ルミナは仕方なく彼に従い、人気のないテラスへと足を運んだ。
テラスに出ると、冷たい夜風が二人を包んだ。ルークは振り返り、短く言葉を放つ。
「婚約を破棄する。」
その言葉は、ルミナの耳に鋭い刃のように突き刺さった。心臓がひとつ大きく脈打ち、彼女の口から思わず声が漏れる。
「……なぜですの?」
ルークは答える代わりに、腕を組み直して視線を逸らした。
「君は王妃としてふさわしくない。聖女として選定されるべき人物でありながら、その資格を得られなかったのだから。」
ルミナは耳を疑った。聖女の選定は神聖な儀式で、王家とは無関係だと思われていた。それにも関わらず、彼がその理由を挙げるのは明らかに不自然だった。
「それが理由ですの?私が聖女でないから?」
彼女の声は震え、怒りが込み上げてきたが、ここで感情をあらわにしてはならないと自分に言い聞かせる。
ルークは冷淡に言葉を続けた。
「そうだ。私は新しい聖女を迎える。その方こそ、王妃にふさわしい。」
その瞬間、ルミナの胸の中で何かが弾けた。彼女は目を見開き、言葉を選びながら反論した。
「それでは、私たちの婚約は最初から政治的なものだったとお認めになるのですね?」
ルークは無言だったが、その沈黙が答えを物語っていた。
「……わかりました。」
ルミナはドレスの裾をつかみ、深く頭を下げる。屈辱の中でも、彼女は貴族令嬢としての誇りを捨てることはなかった。
「この場で婚約破棄をお受けいたします。ただし、ルーク殿下、どうかお忘れなく。私の尊厳は、殿下のお考え以上に強いものです。」
彼女は背筋を伸ばし、何も言い返せないルークを後にしてテラスを去った。再び舞踏会場に戻ったとき、その場の視線は彼女に集まっていたが、誰も彼女に話しかけようとはしなかった。
「婚約破棄。」
その言葉が頭の中で響き続けた。屈辱と悲しみ、そして彼女の中に芽生えたのは怒りだった。王妃としての地位を奪われたことではなく、自分の存在そのものが否定されたことに対する怒りだ。
ルミナは心に誓った。自分の尊厳を取り戻し、彼女を軽んじた者たちに自らの価値を思い知らせてやると。