目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

1-2:家族の冷遇

 王宮の舞踏会で婚約破棄を告げられてから数日後、ルミナは実家であるヴェリーナ侯爵家の屋敷に戻った。しかし、そこにはかつてのような温かさはなかった。豪華な調度品に囲まれた屋敷の中は冷たく、まるで彼女を拒絶しているかのように感じられた。


広間に入ると、父であるヴェリーナ侯爵が彼女を待ち構えていた。侯爵は大柄な体格に威厳を漂わせる人物だったが、その目には怒りと失望が浮かんでいた。隣には冷静さを装う母と、軽蔑の目を向ける弟が立っていた。


「ルミナ。」

侯爵は低い声で娘の名前を呼んだ。その響きは、かつてのような愛情を含んでおらず、むしろ裁判官のような冷酷さがあった。


ルミナは深く頭を下げた。

「お父様、お母様。このたびはご心配をおかけして申し訳ございません。」


しかし、謝罪の言葉を受け入れるどころか、侯爵は机を叩きつけるように拳を置いた。

「心配?それだけで済むと思っているのか!婚約破棄とは何事だ!お前がヴェリーナ家の名誉を地に落としたのだぞ!」


ルミナは一瞬息を飲んだが、すぐに冷静さを取り戻し、静かに答えた。

「殿下からの一方的な決定でした。私にはどうすることも――」


「言い訳をするな!」

侯爵の怒号が屋敷内に響き渡った。

「殿下が婚約を破棄したということは、お前に何か欠点があるからだ!聖女の選定から漏れたことが原因だという話も聞いているが、それもお前の努力が足りなかったからではないのか?」


ルミナの胸が痛んだ。聖女の選定は生まれ持った資質によるものであり、努力でどうにかなるものではない。それを父が理解していないわけではないはずだ。それでも、彼は何かに当たり散らしたいのだろう。


母はそんな侯爵の隣で小さくため息をついた。

「ルミナ、あなたの振る舞いが不適切だったのではありませんか?もっと控えめに、もっと慎ましやかにしていれば、殿下の心変わりを防げたのでは?」


母の声は冷静だったが、その内容は心を抉るものであった。

「…申し訳ありません。」

ルミナはそれ以上何も言えなかった。


弟のユリウスは腕を組み、鼻で笑った。

「姉上が婚約破棄されるなんて、王宮中の笑いものですよ。これで僕の立場も危うくなった。どうしてくれるんです?」


弟の言葉にルミナの視線が鋭くなったが、反論することはできなかった。彼の言葉には、少なくとも彼自身がそう感じているという一分の真実があったからだ。


家族との会話が終わると、ルミナは部屋へと向かった。廊下を歩く間にも使用人たちの視線を感じた。以前は敬意と親しみを込めた眼差しだったが、今は同情や軽蔑の入り混じった目で見られているように思えた。



---


部屋に戻ると、ルミナは重たいドアを閉じ、ようやく一人きりになれた。窓辺に歩み寄り、外の庭を見下ろす。かつては楽園のように感じられたその景色も、今ではどこか灰色がかって見える。


「なぜ…こんなことに…」

ルミナはそっと呟いた。父の怒り、母の冷淡な視線、弟の軽蔑。それらすべてが彼女の心に深く突き刺さっていた。


彼女はこれまで、家族の期待に応えるために全力を尽くしてきた。侯爵家の娘としての教養を身につけ、誰にも負けない振る舞いを学んできた。それなのに、婚約破棄という結果がすべてを無駄にしてしまったかのように思えた。


目頭が熱くなる。涙が頬を伝う前に、ルミナは深呼吸をした。泣いてはいけない。泣いても何も変わらない。そう自分に言い聞かせる。


そのとき、ドアがノックされた。

「ルミナお嬢様、手紙が届いております。」

使用人が声をかけた。


「中に入ってください。」

ルミナが答えると、使用人が小さな封筒を手渡してきた。その封筒には、見覚えのある名前が書かれていた。幼馴染であるアレックス・サリエル――彼女がかつて信頼していた唯一の人間の名前だ。


ルミナは手紙を開き、中を読む。そこには彼の温かい言葉が記されていた。


「困ったときはいつでも頼ってほしい。君は君のままで十分に素晴らしい。」


その言葉を読んだ瞬間、ルミナの胸に抑えきれない感情がこみ上げてきた。家族に冷遇され、孤独を感じていた彼女にとって、アレックスからの言葉は光のようだった。


彼女は手紙を胸に抱き締めながら、静かに涙を流した。そして、次第に心に決意が芽生えていく。家族に疎まれたとしても、自分の尊厳を守るために立ち上がるのだと。





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?