目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

1-3 幼馴染との再会



ルミナが婚約破棄を告げられてから数週間が過ぎた。侯爵家での暮らしは相変わらず冷たいもので、屋敷の中では家族だけでなく使用人たちの態度もよそよそしくなっていた。彼女は家族からの期待を裏切った「落ちこぼれ」という扱いを受けるようになり、社交界からも距離を置かざるを得なくなっていた。


その日もルミナは自室の書斎で一人、窓の外を眺めていた。広がる庭園の向こうに見える青空はどこまでも澄んでいるのに、彼女の心には重い雲がかかっているようだった。窓辺に肘をつきながら、彼女は深い溜息をついた。


「これからどうすればいいのかしら……」

自問自答しても答えは見つからない。家族との関係も冷え切り、この先の未来がまるで霧の中に消えてしまったように感じられた。


そんな時だった。書斎の扉が軽くノックされる音がした。

「ルミナお嬢様、客人がお見えです。」

使用人の声が聞こえる。


ルミナは首を傾げた。最近では彼女を訪ねる客人などいなかった。誰だろうかと思いながらも、重い気持ちを抱えたまま立ち上がり、応接室へ向かった。



---


応接室の扉を開けた瞬間、彼女の目に飛び込んできたのは、懐かしい面影だった。長身で端正な顔立ちを持つ男性が、暖炉の前に立っていた。黒髪が柔らかく光を反射し、深い青の瞳が彼女を見つめる。


「アレックス……!」

驚きと喜びが混じった声が思わず漏れた。


彼は微笑みながら歩み寄り、深く一礼した。

「久しぶりだね、ルミナ。元気そう……とは言えないけれど。」


ルミナはその言葉に苦笑いを浮かべた。

「まさかアレックスが来てくれるなんて思っていなかったわ。」


アレックス・サリエル。彼は隣国の公爵家の息子であり、ルミナとは幼少期からの友人だった。彼の家族が外交の関係でこの国を離れて以来、会う機会はほとんどなかったが、その絆は変わらなかった。


二人はソファに腰掛け、話し始めた。ルミナはしばらく戸惑いながらも、彼に自分の状況を打ち明けた。婚約破棄の屈辱、家族の冷たい態度、そして自分の無力感。すべてを吐き出すと、胸の奥に溜まっていたものが少し軽くなったような気がした。


アレックスは黙って彼女の話に耳を傾けていた。そして、彼女が話し終えると、真剣な表情で言葉を口にした。

「ルミナ、君は何も悪くない。」


その言葉は、まるで心の奥底に直接響くようだった。彼女は思わず涙を浮かべる。

「でも……私は婚約破棄されたのよ。それに、聖女として選ばれなかったことが原因だと言われているわ。」


アレックスは首を横に振る。

「聖女の選定なんて、誰かが決めた基準に過ぎない。それで君自身の価値が変わるわけじゃない。君は君のままで十分に素晴らしい。」


その言葉に、ルミナは胸が熱くなった。誰からも否定され続けていた中で、アレックスだけが彼女を肯定してくれた。


「ありがとう、アレックス。でも、これからどうすればいいのかわからないの。」


彼は静かに微笑み、手を差し伸べた。

「まずは自分を取り戻すことから始めよう。僕は君の力になりたい。何かあればすぐに僕を頼ってくれ。」


その優しさに、ルミナは少しずつ心の中に灯がともるのを感じた。彼の言葉は、まるで暗闇の中で道を照らす光のようだった。



---


その日の夕方、アレックスは屋敷を後にしたが、ルミナの心には久しぶりに暖かさが残っていた。彼女は自分の部屋に戻り、彼との会話を思い返していた。


「私は私のままでいい……。」

その言葉が頭の中で繰り返される。自分自身を否定し続けていたルミナにとって、それは救いのような言葉だった。


窓の外を見ると、夕陽が美しく庭を照らしていた。かつては灰色に見えた景色が、今では鮮やかに輝いているように見える。


ルミナは拳を握りしめ、小さくつぶやいた。

「そうよ、私はまだ終わっていない。」


アレックスとの再会をきっかけに、ルミナは自分の尊厳を取り戻すために立ち上がる決意をしたのだった。



---


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?