手にある合格通知に書かれているのは自分の名前であった。
青春への切符を忌々し気に見ていたクナトは深呼吸を一つする。グーパーと手を開閉して、そっと力を籠める。ゆらりと掌に湯気が現れて、ふわりと炎が現れた。さっき以上に忌々しくその炎を睨むと、ギュッと握りしめ消す。
「クーちゃん!!引っ越しの人来たよ!!」
「はーい」
階下から声が響く、クナトは生返事を一つして、椅子にかけていたジャケットへと目を向ける。紺色のそれは思い出と言うには苦い物しか残っていないものであった。
「クーちゃん!!タクシーの人来たって!!」
「ちょっと待って!」
階下から声が響く、クナトは返事を一つして、椅子に掛けていた上着を取り袖を通す。古びた紺色のジャケットは少しだけ大きい。袖余りを捲り、手を解放する。机の上に置かれている肩掛け鞄を手に取ると、その足で自室から外へと出る。トテトテと階段から降りる。玄関に続く廊下に中年の女性とクナトと年が近い少女が一人。クナトが居候している家の主とその娘だ。
クナトの父はクナトが幼い頃に蒸発した。その事でクナトの母は精神が崩壊し、入院。一人になったクナトを気に掛けたのは母の友人である黒川セイラだ。彼女はクナトの親戚たちの反対を押し切って、クナトを引き取ることにした。それ以降の10年間、クナトはこの家での居候となっていた。
にこやかなセイラとは対照的に娘であるカロレは膨れっ面で立っている。クナトは頭を掻き、すまなそうな顔をしている。カロレは制服を見に包んでいるのだが、入学は来週からだ。見慣れない高校の制服は不思議と大人に見えたが、やはりどこか子供っぽい表情をしている。
「あのカロレ…」
「いーだ」
拗ねている姿を見て、気まずそうにクナトは視線を逸らす。その様子を見て、クスクスとセイラは優しく笑う。
「クーちゃんは意地悪で別の学校に行ってるわけじゃないの」
「わかってる!!」
思わず出た大きな声に驚いたのか、カロレは慌てて口を押さえる。頬は少しだけ赤くなったがそれは怒りからなのか羞恥からなのかは、クナトは考えない事にした。
「急に発言するなんて、僕だってびっくりしてるよ」
「むー。でもさ、超能力者になっても絶対ってわけじゃないじゃん。シア姉ちゃんも瞬間移動能力出たけど、普通の学校に行ってたし」
カロレの言葉にクナトは眉を優し気に下げる。事情を知らないカロレに説明をすべきか、とセイラは口を開こうとしたが、クナトは口を開く。
「やっぱさ…お父さんに憧れてるんだよ」
クナトの言葉にカロレは仕方ないって顔を一つする。
「うそつきー」
「ほ、本当だって!!」
カロレの指摘を慌てて否定する。
「あのー、黒川さーん!」
否定の言葉に被るかのように玄関の外から声が響く。タクシーの運転手の声だろう。時間になっても来ないからか、呼びに来たみたいだ。クナトは慌てて玄関に小走りで向かい、今行きますと返す。
逃げる様に玄関を開ける。
憎いほどの快晴は寒く見えた。春の陽気はまだ来ていない3月の日差しは弱く、冬はまだ続きそうな気分となる。
玄関の外には運転手が一人。お待たせしましたと、クナトは頭を下げると運転手もまた頭を下げた。それでは参りましょうと、タクシーへと案内される。
「それではどこまで?」
「国超センターまでお願いします」
国立超能力研究センター。
研究センターという名前が着いているが、研究所ではなく教育施設の一つだ。
古来より人々は超能力を持って、異形に立ち向かってきた。その超能力を研究し、形式化し発展を開始したのは今から100年も前のことだった。
異形との大きな戦争を経験した人類は、異形が再び牙剝く前に圧倒的な戦力を欲していた。異形に対抗できる兵器の発展と共に必要になり、目を着けられたのが超能力だ。異形との戦争でも超能力者は大きな戦果を持ち、人類を救った功績を持つ。
ならば超能力者を増やせば、再び大きな戦いが起きた時に対抗できるのではないかと考え始めた。
超能力を持つ軍人として育成する施設。それが国立超能力研究センターであった。
クナトは徐々に近づいてくる建物を見ながら、溜息を吐く。それにタクシーの運転手は気になったのか、視線をルームミラー越しで送る。
しかし何も言わず運転に集中する。しかし、空気の重さに耐えきれなかったのか、運転手は口を開く。
「ご入学ですか?」
「あー、はい。そうです」
若干ぶっきらぼうに返す。クナトの表情をルームミラーに捉えた運転手は口を開く。
「何かご不満な事がございますか?」
「まぁ…割と不機嫌です」
クナトはそう言い、窓の外へと目を向ける。
窓の外、そこには国境となる壁が並ぶ。その向こう側に広がるは人類が敗走した大地だろう。
「どうかされましたか?」
「…友達と喧嘩しちゃってさ」
半年前に起きた地下道への侵入事件の後、クナトとヒカリは喧嘩した。隠していたんだろうと、ヒカリはクナトを追い詰めた。
超能力を持たない者同士にあった絆というのはなかったのだろうか?クナトは窓の外へと視線を向けた。
「そろそろ着きますよー」
運転手の声にクナトは静かに頷いた。