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第51話 マツリもとうとう今日から外に出られるんですよね⁉

 ホムンクルス――マツリの起動実験が成功してから1週間が経った。


 俺たち2年生4人衆は、授業が終わったらできるだけ急いで禁書庫へと向かう。とにかくダッシュで向かう。これが毎日の日課になっていた。ちなみに休日は朝から晩まで禁書庫に入り浸り状態だ。


 なぜそんなことになっているかって?

 それはもちろん――。


ご主人様マスター遅いですわ! マツリは待ちくたびれてしまいましたわ!』


 禁書庫では、暇を持て余したマツリが今か今かと待っているからだ。


「すまんすまん。これでも急いできたんだぞ」


 真冬なのに、全力疾走したせいで汗ダクだよ。ちょっと休ませてくれ……。


「コハクちゃん、遅いですよ」


 涼しい顔でお茶を飲むヒナ。

 いや……いつもながらに思うが、ヒナは足が速すぎじゃないか? 俺もまあまあ速いほうだと思うんだけど、お前の速さは異次元だよ。授業が終わって頭を下げる前までは隣にいるのに、次の瞬間にはもう教室にいないしな。まさかとは思うが、空間移動的なスキルを持っていたりしないよな……?


「やっと到着~なンよ。暑いンよ……チカの精霊さんに頼んで冷気を送ってもらうンよ」


 チカお得意の氷魔法。

 辺り一帯を氷漬けにする恐怖の『ウォーターボール』ではなく、氷柱を出して適度に周りの空気を冷やしてくれる『アイシクルレイン』だ。


 ああ、冷気が火照った体に心地良い……。


「サンキュー、チカ。しっかし氷魔法の出力調整がうまくなったなあ」


 出逢ったばかりの頃に比べると、成長を感じるわ。

 とにかく何でも氷漬けにされていたからなあ。その度にヒナが炎で溶かして何とかしていたし。


「氷給仕係のたぬきさん、こちらのアイスペールにも氷を入れてください」


「氷も作れない無能なトカゲは、炎で沸かしたお湯でも飲んでいれば良いンよ」


「失礼しました。炎が扱えないたぬきには、お茶の味なんてわかりませんよ。一生氷入りの水でも飲んでいてください」


「トカゲにだけは氷は使わせないンよ!」


「たぬきにだけは炎は使わせません!」


 にらみ合う2人。

 相変わらず仲が良いな。ん? マツリ、どうした? 急に抱き着いてきたりして。


『えへへ♡ ご主人様マスターの汗のニオイ♡ スンスン♡ クシャイクシャイ♡』


「おいコラやめろ! お前のために走ってきたのにそれはひどいぞ!」


 さすがに汗臭いと言われたら、俺でも傷つく!


ご主人様マスター、それは違います~。マツリはただご主人様マスターの汗のニオイに性的な興奮を覚えているだけですわ♡』


「それも……どうかと思う……」


 汗臭いから嫌、よりはマシかもしれないが、面と向かって「興奮します」って言われるのもちょっと複雑な気持ち……。これは『生命の精霊』の性格に引っ張られているのか、それとも後天的な何かなのか……そもそもホムンクルスに性別の概念はあるのか? ホムンクルスの成功例が文献のどこにも載っていないから何もわからん!



 俺たちから遅れること約30分。


「みなさん……お待ちに……なって……くださ……いま……し……」


 瀕死のミサが禁書庫に現れた。


「ミサ、しゃべるな。とりあえず椅子に座って休め……」


「ありが……とう……ござ……い……」


 いや、なんでミサはいつもそんなに死にそうになるんだ⁉ 本校舎から特別管理棟まで、ゆっくり歩いても10分程度の距離のはずなんだが⁉ なんで息も絶え絶えになるまで走って30分以上かかるのか知りたい……。



 そして30分後。


「すみません、お待たせいたしました。もう落ち着きました。大丈夫ですわ」


 まだ青白い顔をしたミサが力なく微笑む。

 まあ別にミサに急いでやってもらいたいこともないから、まだ休んでいても良いんだけどな。


 マツリが起動してから今日でちょうど1週間目だ。

 これまでは『慣らし運転』みたいな期間として禁書庫で生活をしてもらっていたが、いよいよその期間も終わりを迎えることになる。


 俺たちはこの1週間、マツリを外に出すための準備に全力を注いできた。

 人間としての常識や立ち振る舞いを覚えさせて、マツリの事情を知らない生徒たちと触れ合っても違和感がないようにすること。これがリリちゃんに課された最重要ミッションだった。


 ホムンクルスはロックウェル公爵家に伝わる秘術。

 つまりマツリがホムンクルスであることは絶対に口外できない秘密なのだ。学院の教師であっても生徒であっても例外はない。それどころか、ロックウェル公爵家の人間にもバレてはいけない。ゴーレム作成すら禁じられているのに、ホムンクルス作成なんて行っていることがわかったら――しかも成功したなんてことがバレたりしたら……。


 ホムンクルスは、ミサが王位継承権争いに勝利するための鍵だ。

 とにかく秘密は守り抜く!


 実際にどう使って王位継承権争いに挑むのかって?

 それはまだ……ちゃんと教えてもらっていないから知らない……。

 なあ、リリちゃん……もういい加減教えてほしいんだが?


 って、リリちゃんどこー⁉

 この1週間、1回も禁書庫に顔を出していませんけど、どこに行っちゃったんですかー⁉


 生徒会執務室のほうにもずっと顔を出していないみたいだし。

 まあ、もう生徒会は新体制に移行しているからリリちゃんは生徒会長じゃないし、生徒会執務室にいるのもおかしいんだけどな。と言いつつも現生徒会長のミサが忙しいから、こっそり手伝ってくれているわけで……。俺たちほかの役員もホムンクルスのほうにかかりきりだしな。


ご主人様マスターご主人様マスター! えへへ♡』


 マツリがうれしそうに笑いながら、俺の手を引っ張ってくる。


「どうした、マツリ?」


『マツリもとうとう今日から外に出られるんですよね⁉ ね⁉』


 前々からスケジュールは伝えていたし、期待するのは当然だよな。

 まあ、俺の目から見て、マツリは一般常識は問題なく習得した……と思う。


「大丈夫だとは思うんだが、念のため、リリちゃんの最終ジャッジがほしいところなんだよなあ」


 マツリは俺の支配下にあるとは言っても、ホムンクルスはロックウェル公爵家のものだしな。


「リリスお姉様はご多忙のため、しばらく帰れないかもしれませんわ……」


 ミサが少し沈んだような声で呟いた。

 何か事情がありそうだな。


「そうなのか。困ったな……。俺たちの判断でマツリを外に連れ出しても良いものか……」


『マツリは外の世界を見たいです!』


 期待MAXですね、はい。

 まあ約束していた日だし、これまでガマンさせてきたし……。


「グラニット伯爵家の名に懸けて、チカが許可するンよ!」


 チカが天井を指さし、堂々と宣言した。


『チカ様! うれしいです! ありがとうございます!』


 手を叩いて喜ぶマツリ。

 しかし、チカはグラニット伯爵ではないので名に懸けられないはずだし、そもそもホムンクルスはロックウェル公爵家の所有物なんだよなあ。


「コハクちゃん、約束は約束ですし、人目につかない時間に少しだけなら大丈夫じゃないですか?」


「そうだなあ。もう少し遅い時間になったら、ちょっとだけ出てみようか。ミサもそれで大丈夫か?」


 ミサにも最終確認。


「わたくしはもちろん問題ありませんわ!」


 快諾ありがとう。


 んー、どうしようかな。

 マツリに変装させて全員で外に出るか、それともミサに留守番しておいてもらって、マツリにミサの振りをさせて外に出るか……。


 変装にも時間がかかるし、軽くお試しってことでサクッと散歩して帰ってくるかな。


「今日のところはミサには禁書庫に残ってもらうことにして、マツリにはミサとして外に出てもらおうかな」


 ミサに留守番をさせる理由は簡単だ。

 同じ顔の人間が2人並んで歩いていたら、絶対に注目されてしまうからな!



「じゃあ、行ってくるわ! すぐ戻る」


「いってらっしゃいませ。マツリ。初めての外の世界を楽しんでくださいね」


『ありがとうございます。ミサリエ殿下』


 お互いに手を振り合う2人。

 さあ、夜の学院ぶらり旅と洒落込もうじゃないか!



 しかし俺は、自分の選択をすぐに後悔することになる。

 俺は……俺たちは……ホムンクルスという存在について、少々甘く考え過ぎていたのかもしれない……。


 なあ、どうするよ、ヒナチカコンビ?

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