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第三章己を信じろ

第15話勧誘

 それから激走の末遅刻前にクラスへの入室を果たしたことに胸を撫で下ろす。まあ、クラスメイトからの不審な眼差しには未だ慣れないが。


 そして一限目の授業が終わり、俺はミルフィアの誕生会を開かんがために動き出した。


 まずはなんと言っても人数だ。俺とミルフィアの二人だけで誕生会とか洒落にならん。


 使命感に突き動かされて、俺が最初に向かった先。そこは、


「なあ、今いいか?」

「ファッ!?」


 一限目が終わったばかりなのに何故か早弁している栗見恵瑠だった。


「てか、お前なに食ってんの?」

「お弁当」

「知ってるわ」


 見れば分かるわそんなこと。


「そうじゃなくて、まだ学校始まったばかりだぞ? よく食えるな」

「だって朝食べてないからいいかな~て」

「周りは気にならないのか?」

「周り?」


 それで恵瑠は弁当を両手に首を回した後、何事もないかのように見上げてきた。


「周りがどうかしたんですか?」

「いや、もういいわ」


 こいつある意味すげえな。


「それで、ボクに何か用ですか?」

「その、用っていうかさ」


 恵瑠が不思議そうに見上げてくるが、そんな彼女になんと切り出したものか、正直困る。


 だが、言葉でどれだけ誤魔化しても言いたいことは結局言うんだ。なら直球でいいだろう。


「実はな、ミルフィアっていう女の子がいるんだ」

「あ。あの金髪のきれいな子ですよね?」

「ああ、そいつだ」


 照れ隠しに頭を掻く。一体どう言えばいいか。ああくそ、さっさと言っちまえ!


「そのミルフィアのことなんだが、ここだけの話、そいつには友達がいなくてさ。だけどあの、あいつの名誉のために言っておくが人が悪いとかそんなんじゃない。でも俺は友達を作って欲しいんだ。それでものは相談なんだが、あいつの誕生会に参加してくれないか? それをきっかけにしてさ、あいつと仲良くして欲しいんだよ。まあ、なんだ。相性とかいろいろあるだろうし、無理に、っていうわけじゃないんけど……」


 言いたいことは言った。後半になるにつれ声が小さくなってしまったが。


 話を聞いていた恵瑠は俺を見て黙ったままだ。もしかしら変な奴だと思われたかもしれない。いや、そうだろう。無信仰者に、会って間もない奴に、しかも話したこともない人の誕生会に参加してくれとか無茶ぶり過ぎる。


 でも、俺は諦めたくなかった。


「どうして、神愛君は人のためにそこまでするんですか?」


 そこで恵瑠が尋ねてきた。彼女が黙っていた理由。それは突然の勧誘ではなく、俺の行為そのものだった。


「慈愛連立じゃないのに。とっても不思議です」


 そう言う恵瑠は本当に不思議そうに俺を見上げている。


 天下界で人を助けるのはいわば慈愛連立の役目だ。琢磨追求は弱いから悪いと切り離し、無我無心はそもそも頓着しない。


 そんな世界で無信仰者のすることだ、おかしいどころの話じゃない。元から誰かを助ける思想など持っていないのだから。


 けれど、恵瑠からの質問に答えるのは簡単だった。


「俺に信仰なんてねえよ。でもな、それでも人間なんだよ。心があるんだよ。それさえあれば誰かを助けたいって、そういう気持ちも生まれるさ」


 これを聞いて信仰者がどう思うかは分からない。信仰に生きる者にとっては考えたこともない発想だろう。戸惑うか嫌悪するか。


「分かりました! 不肖この栗見恵瑠、その誕生会に参加します!」

「マジか!?」

「マジだ!」

「おお~」


 驚いた。まさか受けてくれるとは。てか元気いいな。


「そうか、ありがとうな。なんていうか、正直半分断られるって思ってたんだ。ありがとよ」

「いえ、ボク慈愛連立ですから。それに助けてもらったお礼もありますからね」


 恵瑠の笑顔に不安だった気持ちが消えていく。なんか、信仰者とはどうやっても分かり合えないと思っていたが、そんなことはないんだとほっとした気持ちになった。


 なんていうか、それだけで嬉しかったんだ。


「神愛君、いい人ですよね」

「ん? なんか言ったか?」

「いえ、なんでもないです」


 なにか聞き逃したが、恵瑠は笑っているし気にすることはないだろう。


「話は聞かせてもらったわ」

「天和!?」


 気配を消して近づくんじゃねえよ、アサシンプロかてめえ。


「背徳と禁断の愛に生きる同じ仲間の誘いとあれば仕方がないわね」

「いろいろ訂正が必要だがとりあえず感謝しとくよ、サンキューな」


 いつの間にか俺の隣には緑の髪をした天和が立っていた。よく分からんが参加してくれるらしい。けれどいいことだ、この際参加者は誰でも歓迎だ。


「あとは……」


 俺は教室を見渡す。現状参加者は俺を含めて三人。順調な出だしに戸惑うほどだが、出来ればあと一人は欲しい。


 それである人物に目が止まった。正直ここにいる二人よりもかなり抵抗感が強いが、しかし相手を選んでなどいられない。駄目もとでいいじゃないか、玉砕覚悟でいくだけ行ってやれ。


 俺は二人に詳細は後で話すと伝え、最後の候補者へと近づいた。


「よう。今いいか?」


 赤い長髪を背中に流し物静かに座っている女子、加豪がゆっくりと顔を上げた。


「話は聞こえてたわ」

「盗み聞きか?」

「聞こえてきたの」

「そうかい。まあ、好都合だよ」


 加豪に親しくする雰囲気はない。緊張した空気というか。ただ、荒々しい感じはなかった。


「みんなが見てる、場所を変えるわよ」


 言われて気づく。周囲の人間がまた何か起こるのではないかと心配そうな目を向けていた。こんな状況では話もしづらい。


「分かった」


 加豪は立ち上がり、俺たちは教室から出て行った。

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