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第22話誕生日2

 加豪や恵瑠がきょろきょろしているがほぼ初対面で話題がない。結局ジュースをちびちび口につけて誤魔化しているだけの超虚しい空気になっている。


 やばい! 考えるんだ俺。すぐに、なんでもいいからすぐに話を出すんだ!


「そ、それでぇ……」


 するとミルフィアを除いた三人がバッと見つめてきた。


 こっち見んな! くそ、どうする。とっさに話題なんて出せねえぞ?


 それで俺は躊躇いながらも、一人に顔を向けてみた。


「その…………、恵瑠、お前から話はないのか?」

「ボクぅうう!?」


 突然の無茶ブリに、恵瑠は顔に指を差して驚いていた。


「ボクですか!?」

「いや、ほらさ、恵瑠さんってあれでしょ? 慈愛連立でしょ? こうした場を和ませる話の一つや二つあるのかなあ~って。なくてもなんとかしてくれるかなあ~って。いや、きっとしてくれるよ、だって慈愛連立だもんなあ~て、うん」

「神愛、あんた……」


 うるせえ加豪。そんな目で俺を見るな。


「あの、えっとぉ~……」


 恵瑠がテンパっている。キョロキョロと視線を動かし変な汗が大量に吹き出していた。


 これはまずいな。


 それが分かったのか加豪が俺に振り向いた。


「ねえ神愛、聞きたいことがあるんだけど」

「なんだよ」


 ナイス話の切り替え。それで恵瑠がふーと息を吐いている。


 それはそれで良かったのだが、次の質問がまずかった。


「あんたとミルフィアってどういう関係なの?」

「ああ、俺とミルフィアか。俺とミルフィアは…………あ」


 しまった! こいつとの関係を説明してなかった!


「いや、その~」

「どうしたのよ? 早く教えなさいよ」


 加豪が急かしてくる。それで他の二人も俺を見てきた。


「いや、なんでもないって。ただの幼馴染っていうか」

「いえ、違います主」


 ミルフィアてめえ!


「え、ミルフィアどういうこと?」

「私は主の――」

「止めろぉおおおお!」

「奴隷です」


 瞬間、世界が静止した。


「「ええええええ!」」


 加豪と恵瑠が大声で驚く。天和だけが「ふふ」と小さく笑っていた。


「え、ミルフィアそれ本気で言ってるの?」

「はい。私は生まれた時から主の奴隷です」

「ちげえよ!」

「サイテー、神愛、私帰るわ」

「ちょっと待ってくれ!」


 立ち上がろうとする加豪をなんとか留めるが、まるで汚物を見るような目で見られた!


「違うんだ、まずはみんな俺の話を聞いてくれ!」

「懺悔ですか?」

「ちげええ! 黙ってろ恵瑠!」


 とりあえずみんなを座らせ俺だけが立ち上がる。


「いいから待て! 違う、ミルフィアはこう言ってるが俺にそんな気なんてない。本当は友達になりたいって思ってるくらいだ。だけどこいつは奴隷奴隷うるさくて友達になってくれないし友達もいない。だから友達を作って欲しいって、こうして誕生会を開いたんだよ」

「で、本当は?」

「黙れ天和!」

「神愛、本当でしょうね?」

「本当だ。頼む、信じてくれ……。俺をこれ以上みじめな気持ちにしないでくれ……」


 俺はゆっくりと座り込む。はあ、なんてこったい。


「大丈夫ですよ神愛君!」


 その時だった。恵瑠が明るい声で俺を励ましてくれたのだ。


 お、お前ってやつは。ありがとうな恵瑠。


「ボクもイヤス様に作られた奴隷みたいな存在ですけど、生まれてきて良かったって思ってますもん!」

「…………」


 なに言ってんだこいつ。


「みんな、こいつは透明人間だから気にしないでくれ」

「やったー! ボク透明人間だ!」


 ちげえよ。


 心の中でツッコむが恵瑠は元気よく立ち上がった。


「よーし、それじゃいたずらしちゃおうかな~。まずは加豪さんにしよーと! くっくっくっ、きっと加豪さん驚くぞ~」


 ニコニコ笑いながら恵瑠が加豪の背後に歩いていく。


 しかし、加豪が振り返った。


「恵瑠、あんた見えてるわよ?」

「え……」


 恵瑠の笑顔が退いていき、二人はそのまま見つめ合った。


 そして恵瑠は俯き、自分の席に座ると体育座りで顔を埋めた。


「そ、それで話を戻すんだけどさ」


 切り返しと加豪が再び聞いてくる。ただし、今度の質問は俺ではなくミルフィアだった。


「どうしてミルフィアは神愛の奴隷なの? すごく気になるんだけど」

「あー……、聞いても無駄だと思うぞ?」

「どういう意味よ?」

「すぐに分かるさ」


 疑問に思うのはよく分かる。しかし無理だ、俺がどれだけ試したと思ってる。


 当然、ミルフィアの答えはいつもと同じだった。


「宮司神愛が王であり、私がその奴隷だからです」

「……えっとー」

「な?」


 こんなの会話じゃない。理解出来たらテレパシーだ。


「どうして奴隷にこだわるの? 神愛は望んでないようだし、別の関係でもいいんじゃない?」

「それが私の役目であり、同時に、私が決めたことなのです」


 ミルフィアの声は落ち着いている。冗談で言っているようには聞こえない。加豪は眉頭を近づけ難しい顔をしていたが、俺は両手を上げて見せてやった。


「まあ、二人の関係はいいや。じゃあミルフィアのこと教えてよ。好きな食べ物とか、歌とか」

「私の好きなもの、ですか?」


 ミルフィアに投げ掛けられた質問に俺の方が驚いた。今更気づいた。そういえば俺、ミルフィアのそういうのを聞いたことがなかった。


「そうよ、なにがある?」


 会話らしい会話に加豪の声も柔らかい。ミルフィアは思案する仕草を見せた後、すぐに口を開いた。


「好きな食べ物というのは特にありません。ですが好きな歌でしたら、一つあります」


 マジか? 意外だった。ミルフィアとそうしたものってなかなか結び付きがなくて。てか俺知らないんだけど? ずっと一緒にいたのに。くそ、不甲斐ないッ!


「ねえ、どんな歌よ? 曲名は?」

「申し訳ありません、名前はないのです」

「名前がない? うーん、どんな歌なんだろう」

「よければ歌いましょうか?」


 マジで!?


「ちょっと待て、ミルフィア、いいのか?」

「はい。主が反対するのでしたら止めますが」

「いや、そんなんじゃない。お前がいいならいいんだが」


 マジか。ミルフィア歌うの? てか歌えたの!? そして聴けるの!?


 自然と皆の視線がミルフィアに集まる。ミルフィアは瞳を静かに閉じると頭上に広がる青空に向けて、彼女が好きという曲を歌い出した。


「おお、古き王よ。我らが主は舞い降りた。古の約束を果たすため」


 それは歌というよりも詩のようだった。けれどミルフィアの美声に載って紡がれる言葉は耳に心地よく、青空に溶けていく。


「我らは仰ぎ天を指す。己が全て、委ね救済を願おう。

 天が輝き地が歌う。黄金の時は来たれり。

 おお、我が主。あなたがそれを望むなら」


 ミルフィアの澄んだ歌声には意識を惹きつける魅力があって、つい入り込んでいた。


「なあミルフィア、今のは?」


 隣ではミルフィアが顔を上げたまま目を瞑っている。まぶたをゆっくりと開き、柔和な眼差しが向けられる。


「はるか昔に結んだ、約束の歌です」

「約束?」


 浮かぶ疑問にミルフィアは微笑んだ。


「はい。いつの日か古の王が帰還して、新たな世界をつくる歌です」


 そういうとミルフィアは再び目を閉じ、片手を胸に当てていた。


「この歌を歌うと思い出します。主の傍にこうしていること。その意義と喜びを。一緒にいる、それだけでどれだけ素敵なことか」


 微笑の中、ミルフィアの瞳は閉じている。そっと開いた双眸からは安心に似た幸福が宿っていた。


「主。私は主の奴隷ですが、それでも幸せです。あなたの傍にいられるという喜び。それが主には、失礼ですが分からないでしょう。ですがそれでもいいのです。ただ、私の気持ちは変わりません」


 片手を胸に当てるのは忠誠の証。ミルフィアの言葉にどれだけの思いが詰まっているのか、彼女の言う通り俺には分からない。だけど。


「こうしてあなたと共にいられること。私は、それがとても嬉しいんです」


 彼女が本当にそう言っていることは、俺にも分かった。


「お、おお。うん。まあ、お前が幸せでなによりだよ」

「はい」


 しかしそんなことを真顔で、しかも他の人がいる中で言われると困ると言うか、照れる。俺は視線を逸らしそんな様子を加豪が「フフ」と笑っていた。


 まったく。でも嬉しいから、まあいいか。


 それで俺は視線を中央に戻すが、そこで恵瑠が顔を埋めているのに気付いた。こいつ、まだ落ち込んでたのか。


「おい恵瑠、不貞腐れてないでそろそろ起きろ。悪かったよ透明人間とか言って」


 俺は身を乗り出し恵瑠の体を揺らそうとする。手を伸ばすが、そこで信じられないものが聞こえてきた。


「ぐぅー……」

「寝てんのか!」


 思わずツッコむ。いつからだ、まさか顔をうずめてすぐ寝てたのか。


「あれ、ボク……。あ! 早く一等の宝くじ交換しないと!」

「安心しろ、それは夢だ」

「ボクが悪の怪獣を倒すのも?」

「それも夢だ」

「実はボクたちがライトノベルのキャラクターだというのも?」

「すべて夢だ」

「嘘だぁあああああ!」


 恵瑠の悲鳴が屋上に響く。なんともこいつらしい反応に自然と笑みが零れる。


「ふふ」


 その時だった。ふと隣を見れば、ミルフィアが笑ったのだ。


「ミルフィア、お前」

「なんでしょうか、主?」


 俺が名前を呼んだことでミルフィアは表情を整えて振り返る。そこにはさっきまでの笑みはなかったが、明るい表情にちゃんと余韻が残っていた。


「……いや、なんでもない」


 そう言って俺は内心微笑んでいた。


 やって良かった。まるで黄金に輝く昼下がり。太陽と青空。そして目の前にいる三人。


 そして、隣にいるミルフィア。彼女の笑顔がもっと増えるようにと俺はみんなの輪の中で思っていた。

 それからなんやかんや話し合った後で誕生日会はお開きとなり俺たちは教室に戻ることになった。そうなると必然ミルフィアは消えなくてはならない。


「なあミルフィア」


 その前にぜひ知っておきたかった。


「どうだった、誕生日会は」


 今日までいろいろあったけど、それも全部彼女のためだった。その彼女がどう思うか。


「はい。とても嬉しかったです、主」


 彼女は本当に、本当に嬉しそうに笑ってくれた。


「そうか」


 その一言で、やって良かったと思えた。よかった。こいつにそう思ってもらえて。


 それでせっかくなので教室前までは一緒に行こうと全員で廊下を歩いていく。まだ午後の授業には余裕がある。俺たちは誕生日会の流れで明るく話ながら廊下を歩いていた。


「なんだよそれ」

「そういうのもあんの」


 加豪のとんでもトレーニングに驚きつつ教室の扉を開ける。残念だけどミルフィアはここまでだな。


「ミルフィア、お前は出来るのか?」

「主の命とあれば」

「マジ?」

「そんなのボクがしたら死んじゃいますよ」

「ははは、お前は無理だろうな」

「無信仰でも笑えるのかよ」


 そこで声が入り込んできた。それはクラスメイトで見ればこちらを冷たい目で見つめていた。なんだよ、邪魔すんなよせっかくいい気分だっていうのに。


「ここが相応しくないってまだ分からないのかよ」「ほんとよね」「早く出て行けばいいのに」


 それも一人だけじゃない。教室の連中から向けられる目は依然として変わっていない。ここに来ると現実ってやつを突きつけられるぜ。


 恵瑠、天和、加豪。三人とは仲良くなれた。でも俺は未だに無信仰者で世界の敵なんだってことを思い出される。


 そこでミルフィアが前に出た。


「我が主になにか言いたいことがあるようでしたら私が受けます。なにか?」


 さきほどの和やかな雰囲気から一転怒気を隠さないミルフィアの剣幕がやつらを睨む。ミルフィアの強さはここにいる全員が知っている。それで連中は黙り込み視線を逸らした。


「ミルフィア、いい」


 これ以上荒げる必要もない。そう言うと会釈してミルフィアは俺の背後へと移動していった。その表情は悔しそうだが反対に俺は嬉しかった。


「気にしてねえよ。不思議とさ、今はまったく気にならん」


 本当だ。嘘じゃない。こいつらの罵詈雑言を束にしたって俺の心にはまったく響かない。


 それはきっと、目の前にいる四人のおかげだ。


「ありがとうな、みんな」


 こいつらが俺の傍にいてくれている。それがとても心強くて、その他なんてどうでもいいくらいに自信になっている。雰囲気はぶち壊しだけど、今も屋上でやった誕生日会の気持ちは残っているんだ。


 それはみんなも同じようで。


「いえ、感謝には及びません主」

「気にしないでいいわよ」

「そうですよ神愛君!」

「同志なら当然」


 みんな俺を受け入れてくれている。それだけで十分。一人だけ認識がおかしいけど今はいいや。


 みんながいるから生きていける。生きるのが楽になったって言うのかな。本当に感謝してる。 


 ありがとう。そう思えたんだ。


 それからミルフィアには消えてもらい俺たちは席についた。教室の雰囲気は冷えてるけど俺は全然気にならなかった。

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